E 魚味礼賛

● 著者 :関谷文吉(せきや・ぶんきち)

 ● 出版社:中央公論社(中公文庫)

 ● コメント:著者は浅草の老舗「紀文寿司」の四代目で,言ってみれば味のプロ。ゆえに自分の味覚に絶対の自信を持っており,グルメ番組の食味評論はレベルが低い,と一刀両断に切り捨てる。本書では,一つ一つの魚の味わいが,筆者の経験と豊富な知識で詳しく論じられているが,その説明が正しいのかどうかは,率直に言ってよくわからない --- だって,レベルが高すぎるんだもん。「魚の生命は香りだ」という筆者の主張じたい,われわれ凡人には雲をつかむような話に近い。ともあれ,魚の味に関する筆者の表現力が余人を寄せ付けない域にあることは疑いない。「海に夏がやってきて,磯が色めきだす頃,・・・青い空が間近におりてきて一瞬色を失った白い空のなかに,またたくまに自分の体が吸いこまれていくような・・・肉体離脱感覚といった無知覚な世界。ホシガレイの味わいには,そんな幻想的な魚味があるように思えてなりません。」 --- これを読んで「うん,その通りだ」と納得できるヤツは一歩前に出てこい --- なのだけれど,筆者の文章には不思議な説得力というか,一種の言霊のようなものが横溢している。どぎつ過ぎてついて行けない,という向きもあるだろうが,ハマると実に面白い読み物だと思う。魚市場や魚の仕入れに関する情報など,素人にとっては非常に勉強になる話も多い。