J 尾道少年物語

● 著者 :熊谷独(くまがい・ひとり)

 ● 出版社:文藝春秋

 ● コメント:出版年は2000年。発売当初ベストセラーになり,本屋に山積みされていた。第11回サントリーミステリー大賞を受賞した著者は,昭和11年生まれ。舞台は筆者の郷里である昭和20年前後の尾道で,葦和(実際の地名は吉和)という漁師町に住む小学生の男の子の日常生活が,20くらいのエピソードに分けて語られている。備後弁がわかる人には余計に面白いだろう。聞いたことのない道具や生活場面もいろいろ出てくるが,海や釣りに関係した話が特に面白い。池でコイを釣ったり,干潟でカニを取ったり,漁師が鞆付近で桜鯛を釣ったりする描写には,釣り人として非常にそそられるものがある。それにしても,これが自分が生まれる10年ちょっと前の話とは思えない。確かに我々が子供の頃の昭和30年代には,まだバラックみたいな建物や草ぼうぼうの空き地がたくさん残っていたし,貧乏っぽい風体の友達もいた。しかし,そういう子供らでも,食う物に困っていたような記憶は全然ない。「尾道少年物語」の時代の自然や人情は豊かだったかもしれないが,あの頃生まれてなくてつくづくよかった,と思う。