2015/3/22 up

大人の英文法−コラム(8) a barking dog をめぐる諸問題

 

私も連載している雑誌「英語教育」(大修館)の2015年3月号の Question Box に,次の質問が載りました。

 

「ほえ癖のある犬」なのか「ほえている犬なのか」−名詞を前位修飾する現在分詞

『完全攻略  中学英文法1〜3年』(文理,2012年)に次のような例があります。

(1) Do you know that smiling girl?(あのほほえんでいる少女を知っていますか)

しかし,佐藤誠司氏は,「G.C.D.英語通信』No.46(Nov.2009)で「現在分詞の限定用法を説明する際に

a running boy のように示したりするのも,英語圏で実際に使われている英語から見れば問題があります」

と述べ(p.6),『英語教育』2014年6月号では,

(2) She blew out the burning candle on the birthday cake last night.

という文について,「ネイティブいわく『火がついているろうそくを吹き消す人はいないので,burningは不要』」

と報告しています(p.46)。

−中略ー

さらに,安藤貞雄氏は『現代英文法講義』(開拓社,2005年)の232ページで,

(4) A barking dog seldom bites.

などの例文を挙げつつ,「前位修飾の現在分詞は,同用法の形容詞と同様,名詞の『恒常的・分類的

特徴』を表す」と言います。つまり,(4)におけるA barking dogは「よくほえる犬」という意味であって,

「今ほえている犬」という意味ではないし,「今ほえている犬」という意味ではa barking dog とは言えない,

とのことなのです。

−後略ー

 

この質問に対して回答者の真野泰先生は2回にわたって詳しい説明をしておられます。

要約すると,次のような内容です。いずれもネイティブの意見に基づいています。

・(1)が自然に使われるためには,「あのほほえんでいる少女」と区別されるべき別の少女,

例えば「こっちをにらみつけている少女」もそこにいて,どちらの少女か特定する必要がなければ

ならない。

・(2)については,burningは明らかに不要。特にバースデーケーキの場合,blow out the candles が

定型的な表現になっている。

・(4)のa barking dogは「ほえている犬」の意味であり,「ほえ癖のある犬」ならa barkerという言葉を使う

(と自分が信頼しているネイティブは言う)

 

しかし真野先生は(4)に対するネイティブの回答に疑問を持ち,最終的に(4)の a barking dog は

a dog that barks の意味に解釈する方が妥当だろうと結論づけています。その解釈に従うなら,

a barking dog は「今ほえている犬」ではなく「(習慣的に)よくほえる犬」という意味になります。

 

このエピソードをコラムで紹介するのは,いろいろと個人的に思うところがあるからです。

まず,英語自体の話から。

名詞の前に置く現在分詞については,084 名詞を修飾する現在分詞(1)で説明しています。

たとえば a working mother((家庭の外で)働く母親)は a mother who works の意味であり,

a mother who is working,つまり「今働いている母親」ではありません。つまり名詞の前の

現在分詞には「〜している」(進行)・「〜する」(能動)の2つの意味があるので,a barking dog も

「今ほえている犬」「よくほえる犬」の両方の意味に解釈する余地があります。(4)の場合は,

真野先生の言われるように「よくほえる犬」と考えるのが妥当だと思います。

 

次に,a running boy という言い方ができるかどうかを考えてみます。

上の真野先生の説明から考えると,たとえばこういうケースなら可能かもしれません。

1枚の絵があります。その中には「走っている少年(John)」「歩いている少年(Tom)」

「座っている少年(Jack)」の3人が描かれています。この絵を子どもに見せて,先生が

こう尋ねます。

Who is the running boy?(走っている男の子は誰?)

これならOKかもしれません。後日ネイティブに確認してみます。

★(2015.3.29 追記) イギリス人ネイティブに確認したところ,次のような返答でした。

・その状況で Look at this picture. Who is the running boy? と言うことは,間違いではない。

・しかしそれでも,Look at this picture. Who is the boy running? の方が普通の言い方だ。

 

一方,1人の男の子が校庭で走っているのを見て,Who is the running boy? と言うことは

できません。上の黄色い文字の説明にあるとおり,別のことをしている少年と対比される

状況ではないからです。このことは,running boy の running が,boy の一時的状態

ではなく分類的特徴を意味するニュアンスを持つ(そういう状況でなければ使えない)

ことを物語っています。これは「現代英文法講義」の説明にも合致します。

ちなみに,083 形容詞の働き でも同様の説明をしています。

 

では,barking dog(今ほえている犬)とか burning candle(今燃えているろうそく)のような

言い方はなぜ可能なのでしょうか?ここからは私の推測ですが,これらの表現の〜ingは

次の2つの働きを兼ね備えていると思います。

@「今〜している」という意味を表す。

Aそのものの別の状態との対比が意識されている。つまり,分類的特徴を意味する。

たとえば犬がする行動の種類は,走る・歩く・ほえる・うなる…など,そう多くはありません。

ろうそくの状態もしかり。燃えている・消えている,くらいでしょう。だから「燃えているろうそく」と

言えば,それに対比するものとして「消えているろうそく」が頭に浮かびます。

このように「〜ing+人間以外」の形は,一般にそのものの一時的状態の種類が少ないために,

「種類を分類する」という意識が働きやすいのだと思います。そう考えると,a sleeping baby

(眠っている赤ちゃん)という言い方が許容されることも納得できます。赤ちゃんの行為の種類は

たかが知れていますから。

逆に,boy や man が行うことは無数にあります。だから a running boy と聞いても,それだけでは

「走っている少年」が他のどんな行為と対比されているのかがピンときません。「〜ing+人」の

形が不自然に響くのは,そういう理由が背景にあると思います。

 

 

以下は余談です。まず,私は真野泰先生の大ファンです。「英語教育」の Question Box の回答者と

言えば日本の英語教育を代表する方々ですが,真野先生の回答は知識もさることながら文章が

とにかく面白い。この雑誌は学校や大学が経費で買って教員に回覧することが多いと思いますが,

英語指導者以外でも興味のある方は読んでみるといいと思います。

 

次に,安藤貞雄先生の「現代英文法講義」。別のところできちんとまとめて書こうと思いますが,

この本はこれまでに日本で作られた英文法参考書の最高峰だと私は思っています。

英語を教える立場の人なら絶対に1冊持っておくべきです。「1億人の英文法」を読んで面白いと

思った方なら,この本もぜひ買うことをお勧めします。「英文法解説」や「ロイヤル英文法」とは違う

種類の,目から鱗が落ちるような情報が詰まっています。この「大人の英文法」も,同書の記述を

参考にさせていただいた箇所が多々あります。

しかし,上の質問と回答にもあるように,そんな安藤先生の説明でも「間違っている」こともある,

ということを今回知ったのは,新鮮な驚きでした。

 

最後に,これは笑えるような話ですが,この記事で取り上げた質問の冒頭に出てくる「文理」という

出版社の中学生向け問題集ですが,(記憶が定かではありませんが)ほかならぬ私が書いたもの

かもしれません。私は何でも屋のライターなので,文理の下請け仕事も過去に受けたことがあります。

もしそうなら,私は自分が書いたある記事に対して,別の記事で自分で批判したことになります。

こういうことは時に起こりますが,自分の中では二枚舌だとは思っていません。

課せられた仕事を忠実にこなした結果として,そういうことになる場合もある,ということです。

一般に学習参考書には,「同業他社の本と横並びにする」という暗黙の了解があります。

アトラスの場合もそうでしたが,筆者としては「こんな無駄な(あるいは現実の英語とは違う)情報は

入れたくない」と思っても,編集部に頼まれれば入れざるを得ません。早い話が,ここで取り上げた

「〜ing+名詞」という形にしても,実際によく使われるのは an increasing number of people 〜

(〜する人が増えている)などの定型的な表現が多く,smiling girl や barking dog のようなフレーズは

文法的には正しくても実用的な価値は高くありません。まあ中学生向けの教科書ガイドや問題集

などは下請けの原稿料仕事で自分の名前が出ないので,気が楽ではあります。もちろん「こんな

ことを教えて何になるんだ?」と思うことはありますが,自分の仕事は言われたとおりに原稿を書く

ことなので,そこは割り切っています。市販本でも似たような事情はあります。著述業と聞くと

一般の人は自由に自分の好きなことを書いているように錯覚するかもしれませんが,実態は

かなり違います。仕事では好きなように書けないから,そのストレスを解消するためにこの

「大人の英文法」を書いているわけです。

 

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