2017/3/5 up

大人の英文法−コラム(11)

 「スピードラーニング」は役に立つか? 

 

この記事では,株式会社エスプリラインの「スピードラーニング」について,私(佐藤誠司)の私見を述べています。

スピードラーニングの公式HPは下記のとおりです。

http://www.espritline.jp/

この記事の目的は,この教材に興味を持たれた方に参考情報を提供することです。

以下は私個人の見解ですが,当然意見の違う方もおられるでしょう。1つの参考としてお読みください。

なお,この記事は私のHPの「大人の英文法」というコーナーの一部でもあります。

 

「大人の英文法」のトップへ


 

まず,結論から。

「あなたはこの教材を他人に勧めますか?」と問われるなら,私の答えはノーです。

しかし,この教材が「役に立たない」と言っているわけではありません。

この教材に限らず,「勉強することがマイナスになる」ような教材はほとんどありません。

どんな教材であれ,それを使って頑張って勉強すれば,それなりにプラスの学習効果が得られるでしょう。

しかし私がこの教材を勧めないのは,主に次の2つの理由からです。

@間違ったことを主張している。

A値段が高い。

以下,詳しく説明します。

 

この記事を書くに至った経緯

スピードラーニングは新聞・雑誌にしばしば大きな広告を出しているので,名前だけは前から知っていました。

しかしその宣伝文句に対しては,多くの人と同様に私も懐疑的であったことは確かです。

2〜3週間前,講読している新聞でまた大きな広告を見かけました。

そこには「インターネットに広がる噂は本当か?」という大きな見出しがありました。

広告の概要は次のとおりです。

「インターネット上ではスピードラーニングがインチキだという噂が広まっている。そこで街頭調査をしてみた。

103人中100人が,スピードラーニングに対して否定的なイメージを持っていた。

その103人にCDを実際に5分ほど聞いてもらった結果,90人が『できる・やってみたい』と答えた。」

※下のサイトに詳しい記事があります。

http://www.espritline.co.jp/ad_sp/machikado/en94m/?AD_ID=01470366&PHPSESSID=q7qssjb0lhfblqut61g3lvef23

 

そこまで言うのなら…と,強い興味がわきました。

そこで無料のサンプルCDを申し込み,実際に聞いてみることにしました。

送られてきたのは,次の2つです。(@だけを希望することもできましたが,@Aのセットを希望しました)

@無料のCD1枚(数分間ほどのサンプル)

A最初の2レッスン分のCD(1レッスンにつきCDは2枚。1枚は英語だけで17分程度,もう1枚は「英語+日本語」で50分程度)

@は無料プレゼントのため返却不要。Aは「受講するなら返却不要。受講しないなら10日以内に要返却」となっています。

受講するつもりは最初からなかったので,ひとおとり聞いてからAは返送しました。

したがって,私はこの教材のCD(48枚)のうち2枚しか聞いていません。

しかし上記の公式サイトには全48レッスンが同じレベルだと説明されているので,

2枚のCDを聞くだけでもこの教材のスタイルとレベルは十分に理解できました。

以下は,それに基づいた分析と評価です。

 

「スピードラーニング」のレベルはどのくらいか?

この教材に関心のある人が最も知りたいことの1つは,この点だと思います。

私の感覚で言うと,この教材のおよそのレベルは

・大学受験で言うと,センター試験と同程度かやや易しめ。

・英検で言うと,準2級くらい。

・TOEICで言うと,目標得点が500〜600点くらいまで。

英語で飯を食っている人なら,だいたい似たような評価をすると思います。

ただし,この教材を使ってもTOEICの対策にはなりません(TOEICはビジネス英語なので)。

 

全くの初心者でも使えるか?

使えないと思います。

以下は,上記の無料CDに入っている「英語+日本語」の抜粋です。

(スクリプトはなかったので,自分で聞いて書き起こしました。もらった物だから情報漏洩にはならないでしょう)

 

Where should we eat?   どこで食べましょうか。

Hmmm, let’s see.   ええと,そうだね。

Hey, that restaurant looks good.   あ,あのレストランはどう?

OK, but I can’t read the menu.    そうね,でも私,メニューが読めないから。

That’s OK. See, they have plastic food displays in the window.   だいじょうぶ,ほら,ウインドウにプラスチックの見本が飾ってあるよ。

You can see what food is being offered.   どんな食べ物かわかるだろ。

What’s this?   あれは何?

This is sushi, and that’s sashimi.   これは寿司,あれは刺身。

What’s the difference?   どこが違うの?

Well, sushi has a small amount of rice with raw fish on top.  あのね,寿司は小さく握ったご飯の上に生の魚が載ったもの。

And sashimi, just raw fish.   刺身は,生の魚だけ。

Well, I’m not too crazy about raw fish.   うーん,生の魚はそんなに好きじゃないから。

 

Eriko is at Tokyo Station. By the ticket barrier, she sees a young woman with a map in her hand who looks like she is going to cry. 

エリコは東京駅にいます。改札口で,手に地図を持って泣き出しそうな若い女性を見かけます。

Excuse me. Are you OK?   すみません,大丈夫ですか?

Um... yes. I’m fine.   ああ,はい,大丈夫です。

Are you sure? You look like you are a bit lost.   本当ですか?迷っているみたいですが。

Well, yeah, I have no idea how to get back to my hotel.   ああ,はい,ホテルへどうやって戻ったらいいのか,全くわからなくて。

Oh, let me help you. Which station are you going to?   お手伝いしますよ。どちらの駅へ行くんですか?

 

本体のレッスンも,英語のレベルはこの程度です。

上の英文を読んで理解できる(左の英文がなぜ右の日本文の意味になるのかが理解できる)人は,この教材を使えます。

しかし,英文を読んでも意味がわからない人には,この教材は勧められません。

「読んで理解できないものが,聞いたら理解できる」ということは基本的にないからです。

この点で,スピードラーニングの開発者は大きな勘違いをしていると私は考えています。(詳細は後述します)

 

「聞き流す」とはどういう意味か?

スピードラーニングの広告には,「聞き流す」という言葉が頻繁に出てきます。

私は最初,この言葉の意味がよくわかりませんでした。公式サイトを見ても,明確な定義はありません。

少なくとも言えるのは,辞書的な意味とは違うということです。

辞書で「聞き流す」をひくと,たとえば「大辞林」には次のように書かれています。

「聞いても心にとめないでおく。聞き捨てにする。聞き過ごす。」

しかし言うまでもなく,この教材が主張する「聞き流す」とはそういう意味ではないでしょう。

「(電源を入れて)CDを流して聞く」ことを「聞き流す」と言っている感じがします。

要するに「聞き流す」という言葉はセールストークです。

音に意識を集中して耳を傾けなければ,学習効果は上がりません。

そんなことは英語指導者の常識ですし,この教材の開発者もわかっているはずです。

しかしご本人は英語教育者ではなく商売人ですから,営業の戦略としては「あり」でしょう。

この教材を買ってまじめに勉強しようと思った人は,「聞き流すだけではだめだ」とすぐに気づくでしょうし,

買う前から気づいている(「聞き流す」つもりはない)人も多いでしょう。

だから,そういう人から「聞き流しても力がつかなかった」という苦情が出る可能性は低そうです。

つまり「聞き流す」という言葉は,使い方に問題はあるかもしれませんが,「その言葉にだまされた」という

実害があまり出ないのだから,それほど目くじらを立てる必要もなかろうと思います。

ちなみに,スピードラーニングのCDでは,会話のBGMとしてクラシック音楽が流れています。

しかし私は,その音楽さえ耳障りでした。

音楽を聞きながら仕事をするのが好きな人もいるので,そのへんは好みの問題でしょうが。

 

料理をしながらCDを聞くことは可能か?

スピードラーニングの効果を検証する,あるいは批判するサイトをいくつか見ましたが,

誰もこの点に触れていないのが私には不思議です。

上で述べたとおり,リスニングの学習は「集中して聞く」ことが大原則です。

一方,スピードラーニングのサイトの「よくある質問」のコーナーには次の記述があります。

仕事をしながら『スピードラーニング』を聞いていますが、効果は感じられますか? 

A: 効果は感じられます。それが『スピードラーニング』の大きな特長です。

例えば、料理をしながら、洗濯をしながら、 アイロンがけをしながら、部屋の片づけをしながら、

身支度をしながら、電車やバスに乗っているとき、自動車を運転するとき、 入浴するとき、

お茶(お酒)を飲みながら、買い物のとき、パソコンをいじりながら、子どもと遊んでいるとき、

横になっているとき、 手芸をしながら、ウォーキングやジョギングのとき、犬の散歩のとき、

ガーデニングをしながら、ストレッチや体操のとき、 絵を描きながらなど…。

耳が空いている時間に気楽に聞き流してください。 

皆さんは,実際に上のような状況で耳にヘッドフォンやイヤホンを当てて音声を聞いたことがありますか?

実際にやってみるとすぐに実感できると思いますが,集中して聞くためには次の2つの条件が必要です。

@周囲から雑音が入らない。

A意識を音に集中できる(ほかのことは考えない)。

私は以前,英語ニュースをウォークマンにダウンロードして,散歩しながら聞こうとしたことがあります。

しかし実際にやってみると,近くを車が通ったりする音に邪魔されてフラストレーションが溜まり,すぐにやめた経験があります。

電車の中など論外です。振動や駅のアナウンスなどの影響で,CDの音がまともに耳に入ってきません。

そして料理。私は日常的に料理をしますが,料理中はいろんな音が出ます。

しかしそれより問題なのは,料理中は考えることが非常にたくさんあるということです。

料理はふつう,1品だけを作るわけではありません。

どの順番で作業するかを,絶えず頭の中で考えねばなりません。

そんな状況でCDの音に意識を集中することは,少なくとも私にはとうてい無理です。

そのように考えていくと,CDを使ったリスニング学習が可能な状況はごく限られていると言えます。

たとえば車の運転中とか,室内に一人でいて特に何もしていないときとか。

上の水色の説明中に「パソコンをいじりながら」というのがありますが,たとえばインターネットで

何かの記事を読みながら,同時にスピードラーニングのCDを聞く状況を想像してみてください。

かつて,「睡眠学習」と呼ばれる学習法がありました。

以下は睡眠学習に関するウィキペディアの記事です。

睡眠学習とは眠りながら学習するという勉強法。

1924年のJenkinsとDallenbachによる、記憶は覚醒中よりも睡眠中のほうが保持率が高いという

実験結果が曲解されたという形で、記憶したい事を睡眠中に聞くだけで覚えられるという勉強法が生まれた。

日本では1960年代に枕にテープレコーダーを組み込んだ睡眠学習機器が発売され、

1970年代には大ヒットとなり累計50万台を売り上げた。

だが、この勉強法の場合ではテープに覚えたい事を吹き込む過程などで眠る前に記憶する事はあっても、

睡眠中に聞くだけでは記憶する事はできないという認識が広まった事から睡眠学習機器は市場から姿を消した。

スピードラーニングの主張は,この睡眠学習理論に似たところがあります。

パソコンを使いながらテレビをつけっ放しにしていても,日本語の放送ならある程度聞き取ることができます。

それは私たちが日本語に習熟しているからです。聞けもしない英語を横で流しても,それは雑音と同じです。

 

「聞く」練習によって「話す力」がつくか?

答えはノーです。

「聞ければ話せる」とは言えません。

「読めれば書ける」とは言えないのと同じです。

 

先ほど,「聞き流す」というセールストークは大目に見てよかろうと言いました。

しかし,「聞ければ話せる」というセールストークは看過できません。

たとえて言えば,健康食品を「ガンが治ります」と宣伝するようなものです。

 

英語を外国語として学ぶ場合,4技能の関係は下のようにとらえることができます。

「読む」「書く」の上に「聞く」「話す」が乗っかっているイメージです。

 

             (応用)

聞く力 話す力
読む力 書く力

             (基礎)

 

《インプット》   「読む力」は「聞く力」の基盤である。(聞くのは読むより難しい)

《アウトプット》 「書く力」は「話す力」の基盤である。(話すのは書くより難しい)

 

上のとらえ方が正しいことは,英語学習者なら実感としてわかるはずです。たとえば

@「きのう会社帰りに古い友人に偶然会ったので,2人で居酒屋へ行った」を英語で書きなさい

A「きのう会社帰りに古い友人に偶然会ったので,2人で居酒屋へ行った」を英語で言いなさい

このどちらの問いが難しいかと言えば,100人中100人が「Aの方が難しい」と思うでしょう。

なぜなら,書くのはいくら時間をかけてもかまわないけれど,言うのは一瞬だからです。

Aの内容を英語で言おうとして5秒も10秒も考えているようでは,会話は成立しません。

同じことは「読むこと」と「聞くこと」にも言えます。

次の文は,今日のニュース(The Japan Times)の1つの冒頭部分です。

The ruling Liberal Democratic Party approved a change in party rules Sunday 

that could pave the way for Prime Minister Shinzo Abe to become the country’s 

longest-serving leader in the post-World War II era, potentially paving the way 

for him to remain in his role until September 2021.

時間をかけて読めば,この程度の英文なら理解できる人も多いでしょう。

しかしこれがテレビのニュースとして流れた場合,聞き取って意味を理解するのはかなり大変です。

読むのは時間をかけられるけれど,聞くのは一瞬だからです。

以上のことから,オーソドックスな学習の流れは次のようになります。

●インプット(理解)の学習は,まず読む力をつける。その応用として聞く力をつける。

●アウトプット(表現)の学習は,まず書く力をつける。その応用として話す力をつける。

つまり,「書く→話す」はダイレクトに結びつきますが,「聞く」と「話す」との間には直接の関連がありません。

よって,「聞ければ話せる」という学習理論は誤りです。

 

では,基盤となる「読む力」と「書く力」を比べると,どちらのハードルが高いでしょうか?

皆さんも実感としてわかるとおり,少なくとも日本人の英語学習においては「書く」方が難しいはずです。

すなわち,日本人にとって英語の4技能の難度は次の関係にある(右にいくほど難しい)と言えます。

読む < 書く < 聞く < 話す

ただし4つの技能は平行して伸びていくので,この順番に学習しなければならないわけではありません。

実際に中学・高校の学習指導要領では,4つの技能の習得に同時に取り組むことが想定されています。

上の関係を念頭に置いて言えば,たとえば「読む力」をつける学習に1時間を費やした場合,

同程度の「話す力」をつけるには4時間必要かもしれません。話す方が難しいからです。

日本人は10年間英語を勉強しても日常会話さえできない,とよく言われます。

しかし,英語を話せないのはむしろ当然なのです。話すのが一番難しいのだから。

 

今回送られてきたサンプルCDには,社長(大谷登氏)からのメッセージが書かれた手紙も入っていました。

そこには社長自身の英語学習体験が書かれていました。短くまとめると次のようになります。

@二十代前半の頃,自分のような怠け者でも英語を話せる方法はないかと考えた。

Aそこで「聞き流す」方法がひらめき,英語の聞き取り教材に日本語の音声(自分の声)を吹き込んで加えた。

Bそのようにして英語を聞く習慣はできたが,話そうとしても相手の言葉が聞き取れなかった。

Cそれでも下手な英語でもあきらめずに話そうとしたら,アメリカ人と会話ができた。

Dその後,英語を使う場を求めてさまざまな仕事をした結果,英語が話せるようになった。

つまり社長自身も,「スピードラーニングのCDを聞いたから英語が話せるようになった」わけではありません。

(それどころか,Bからわかるとおり,スピードラーニングの方法論は「聞く力」の習得にさえつながっていません)

この人が英語を聞いたり話せたりするようになったのは,実際に自分で英語を使う経験をたくさん積んだからです。

しかしスピードラーニングのサイトには,たとえば次のように書かれています。

「英語→日本語の順で聞くうちに、英語を英語で理解する回路ができる」

ストーリーをイメージできるので、一つひとつの単語にとらわれずに、 かたまりで英語の意味を理解できるようになります。

英語よりも先に日本語が聞こえてくると、日本語を英語に訳そうとする思考回路が働いてしまい、 いつまでたっても英語を自然に話せるようにはなりません。 

英語→日本語の順番なら、英語に対する勘が働くようになります。 そして、次第に英語を英語で理解し、日本語を介さずに英語を話せるようになるのです

これを読んだ人は,「このCDを聞けば英語を話せるようになる」と誤解するでしょう。

つまり社長の「お手紙」は,公式サイトのセールストークを軌道修正するために入っていたわけです。

 

「聞く→話す→読む→書く」というプロセスは正しいか?

そのプロセスはネイティブの言語習得過程であり,

日本国内の英語学習者に適用しようとするのは非現実的です。

スピードラーニングのサイトには,次の説明があります。

『スピードラーニング』の最大の特長は、 人間が言葉を習得する「聞く→話す→読む→書く」の

自然なプロセスに沿って、 「聞く」ことからスタートすること。

英会話を習得するには最初に英語のリズムに慣れ、「英語特有の音」を聞き取れるようになることが大切だからです。

ここが音に慣れる前に単語の暗記や文法、和訳などの勉強を中心とする従来の勉強と違うところです。

 

先ほど示した一般的な英語学習の4技能の「難しさ」と比べると,次のようになります。

《一般的な英語学習》  読む < 書く < 聞く < 話す

《スピードラーニング》  聞く → 話す → 読む → 書く

スピードラーニングが示しているのは,母語話者(たとえば日本語を話す日本人)の言語習得過程です。

その過程を,外国語学習者にもそのまま適用してよいのでしょうか?

その疑問に対する答がもしイエスだとしたら,「聞く」ことから始めるのが最も効率的な学習方法だということになります。

それならば,日本の中学・高校の英語の授業は,すべてCDを聞かせる作業に切り替えるのがベターでしょうか?

その答えはもちろんノーです。どこが間違っているのでしょうか。

たとえば大相撲には大勢の外国人力士がいます。

彼らは日本に来る前には日本語の知識はほぼゼロだったはずですが,テレビのインタビューでは流ちょうな日本語を話しています。

彼らの日本語習得過程は,おそらくスピードラーニングの言うような「聞く→話す」で始まったはずです。

そのような学習プロセスは,その言語に接する時間が圧倒的に多いことが条件になります。

要するに,英語圏で暮らせば誰でも英語ができるようになります。教科書を使った勉強は不要です。

では,どのくらいの期間暮らせばいいのか?うちの娘はアメリカへ4か月留学しましたが,日常会話も満足にできません。

個人差はあるでしょうが,現地で普通にコミュニケーションが取れるようになるには少なくとも1年くらいは必要ではないでしょうか。

では,スピードラーニングはそれだけの学習時間を提供してくれるのか?

今回私が使ったサンプルのCDから判断して,収録されている英語の会話は1枚当たり17分程度でしょう。

CDは全部で48枚ありますから,17分×48=816分=13.6時間です。

つまりスピードラーニングの48枚のCDに収められている全体の情報量は,

たとえばアメリカでホームステイをした場合に耳から入る情報量の

せいぜい2〜3日分くらいでしょう。

たったこれっぽっちの学習時間で,英語が聞けたり,

まして話せたりするようになるわけがありません。

もちろんCDの正味の時間は13.6時間でも,繰り返して聞けば学習時間はそれだけ多くなります。

たとえば全体を10回繰り返して聞けば136時間ですが,1日10時間で換算しても2週間ほどです。

つまり「スピードラーニング」の48枚のCDを10回繰り返して聞いたとしても,

アメリカで2週間暮らしたのと同じ程度の学習時間しか確保できません。

2週間の留学で英語が聞けたり話せたりするとしたら,その人はよほどの天才でしょう。

 

別の例で説明します。

「聞いているうちに覚える(日本語の)歌」はありますね。

たとえばAKB48のある曲を何度も聞いているうちに,カラオケで歌えるようになるかもしれません。

これは英語学習で言うと「聞いているうちに話せるようになった」のと同じことに思えるかもしれません。

しかし,あなたがAKB48のある1曲を歌えるようになったからといって,彼女たちの別の曲も歌えるわけではありません。

あなたが覚えたのは1曲だけであり,その記憶に音楽的汎用性はありません。

スピードラーニングのやろうとしていることもそれと同じです。

必死になって覚えれば,CDに入っている短い文の一部は使えるようになるでしょう。

しかし,たとえば I'm confused. という表現を覚えたからといって,I'm scared. や I'm embarrassed. と

言えるようになるわけではありません。

知識の幅を広げるには,同じCDを繰り返し聞くよりも,違う素材を聞く方が効率的です。

 

さらに別の例を挙げます。

あなたに英語の知識が全くなく,音だけで英語を覚えようとした場合,たとえば会話の中で相手が次のように言うかもしれません。

@ ルック

A ワット

これらはどんな意味だろうか?とあなたは考えます。

日本に来た外国人力士なら,シャワーのように日本語を浴び続けるうちに会話が成り立つようになります。

しかし限られた学習時間しか持たない日本人の英語学習者にとって,耳から聞いた情報だけを使って

@Aの意味を試行錯誤で理解しようとするのは非常に非効率です。

そこで,役立つのが文法です。@Aに相当する英語は次のとおりです。

@ Look!(見ろ)

A What?(何だって?)

意味だけなら,「ルック=見る」「ワット=何」のように文字を介さずに覚えることもできます。

しかし,@が命令文,Aが疑問文であるという文法の知識があるのとないのとでは,言葉の運用力に大きな差が出ます。

たとえば「命令文は動詞の原形で文を始める」という知識さえあれば,Look! という命令文を利用して Listen! とか Stop! とか言えるわけです。

このように文法は,限られた時間しか持たない日本人が効率的に英語を習得するための有力な手段だと言えます。

 

私は常々,英語学習者に対して次のような説明をしています。

あなたは,次のどちらの方法で英語を学びたいですか?

@できるだけ短時間で効率的に英語を使えるようになりたい。

A「慣れ」によって(文法学習をしないで)英語を使えるようになりたい。

@を希望する人は,最初のステップとして中学レベルの文法をマスターしてください。4技能の練習はそれからです。

Aを希望する人は,留学してください。それが無理なら,日本で何らかの方法で「英語漬け」になってください。

ただしAを希望する人は,@の人よりはるかに多くの時間が必要だと覚悟してください。

 

スピードラーニングは明らかにAを志向しています。

しかし,この教材では学習時間が決定的に足りません。

つまり「理念」とそれを実現する「手段」とが全くミスマッチです。

ここに,この教材の最大の欠陥があります。

 

スピードラーニングよりも優れた教材はあるか?

ユーチューブでいくらでも見つかります。しかも無料です。

今回書いた記事で最も言いたいことを,これから述べます。

スピードラーニングのサンプルおよび最初の2枚のCDをパソコン上で開くと,

トラック番号の横に「最終更新日」という情報が出てきます。

その日付は1995年となっています。

つまりこの教材は,1995年に作られたものだとわかります。

もしかしたらその当時は,これが最も優れたリスニング教材の1つだったのかもしれません。

しかし今は違います。ユーチューブ(などの動画サイト)があるからです。

ユーチューブが初めて世に出たのは2005年ですから,スピードラーニングは開発当時には

動画サイトという強力なライバルの出現を想定していなかったのでしょう。

それでも生き残っているのは大したものですが,もはや勝負にならないと言っていいと思います。

まず,スピードラーニングは「英語−日本語」の順に音が出てくる(だから英語の意味が確認できる)

というのが大きな売りですが,逆に言えばそれだけです。

一方,動画サイトのリスニング素材には,たとえば次のようなバリエーションがあります。

・アニメや映像に音がついている。

・スクリプト(英文の字幕)がついている。

・読み上げ速度を調節できる(遅くできる)。

 

いくつか例を挙げてみましょう。

●有名なNHKのアニメ「リトル・チャロ

https://www.youtube.com/watch?v=DzqgoUgzPcY&list=PLX8rtBRowOtarsFTs9wsawplTA4nKTyB6

これには英文のスクリプトがついています。

英語の文字を目で追いながら耳で音を聞けば,リーディングの力もつきます。

知らない単語や表現は,パソコンなら画面上に英辞郎を開いておけばすぐに意味を調べられます。

なお,スピードラーニングの英語のレベルは,この「リトル・チャロ」と同じくらいだと思います。

●同じくNHKの「ニュースで英会話

https://cgi2.nhk.or.jp/e-news/index.cgi

スクリプトと語句の解説がついています。スピードはノーマルとスローの2つを選択できます。

なお,NHKの9時のニュースは二ヶ国語放送なので,副音声の英語で聞くといいと思います。

VOA(アメリカ政府の海外向け放送)

ユーチューブで「VOA learning English」で検索すると,スクリプト付きの英語ニュースが聞けます。

英語学習者を意識して比較的ゆっくり読んでいますが,「VOA special English」の方はさらにゆっくりです。

CNN student news

ユーチューブで「CNN student news」を検索するとたくさん出てきます。

こちらもスクリプト付きですが,上のVOAよりも早口です。

 ●日本アニメの吹き替え版

正直ハードルは高いですが,私はこれが一番好きです。

実際に英語圏でコミュニケーションを取るには,これくらいの聞き取り力が必要なのでしょう。

海外で暮らした経験のない私には,せいぜい半分くらいしか聞き取れませんが。

ユーチューブで「anime dub」で検索すると,日本アニメの音声を英語に直したバージョンが見られます。

また「anime sub」で検索すると,日本語の音声に英語の字幕がついたバージョンが見られます。

https://www.youtube.com/watch?v=UGkC8kjw0I8

上のサイトは「anime dub haruhi」で検索したもの。大ヒットした「鈴宮ハルヒの憂鬱」の英語版です。

スピードラーニングの読み上げはノーマルスピードということになっていますが,どこか教科書っぽい感じはします。

本当に生の英語に接したいなら,一般人へのインタビューとかアニメの吹き替えなどの方がリアリティがあります。

なお,アニメは違法アップロードのものも多いようですが,見る側には合法か違法かはわからないので,

利用できるものはしていいだろうと思います。(いつの間か削除されているサイトもよくあるので注意)

 

上に挙げたのはほんの一例です。私は基本的に

英語のリスニング学習の最高の素材は動画サイトだ

と信じているので,ネットの接続料金以上のお金をかけて教材を買う必要はないと思っています。

ちなみにスピードラーニングは,バラで毎月1枚ずつCDを買うと,1枚当たり4,644円です(いつでも解約可能)。

48本全部をそろえると22万円強(48本一括購入なら165,888円)になります。

繰り返しますが,1995年当時ならこの教材にはそれだけの価値があったのかもしれません。

しかし2017年の今では,値段だけでなくこの学習システム自体が時代遅れであるように私には思えます。

 

スピードラーニングはどんな学習者にとって役立つか?

中学生・高校生でしょう。(ただし料金が高いので勧めません)

最初の方で書いたとおり,スピードラーニングのレベルは「英検の準2級」「センター試験よりやや易しめ」くらいです。

したがって,(少し優秀な)中学生・高校生にはレベル的に適していると思いますし,試験対策にもなります。

実際に学校単位でスピードラーニングを採用しているところもあります(私の昔の勤務先ですが)。

ただ,スピードラーニングの費用を学費に上乗せすれば,保護者の負担は大きいでしょう。

一般人の場合は,次のような条件を満たす人だけが使うべきです。

@中学3年〜高校1年程度の英語力(英文を読んで理解する力)がある。

A真剣に取り組む覚悟がある(「聞き流し」などしない)。

B20万円前後のお金を払える。

Cこの教材では「話す力」はつかないことを理解している。

この中では,Aがけっこう高いハードルだと思います。

「大金を払ったのだから真剣に取り組もう」と最初は誰でも思うでしょうが,この教材には「ノルマ」がありません。

たとえば通信添削という学習システムがありますね。

あれも最初はみんなまじめに答案を送るのですが,だんだん回収率が下がってきます。

提出期限というノルマがあってもその調子ですから,この教材の場合も「送られてきたCDがどんどん溜まっていく」

という人がたくさんいるであろうことは容易に想像できます。

まして「聞き流すだけでOK」などという甘い言葉に引っ掛かるくらいですから(笑)。

 

話す力をつけるにはどうすればよいか?

理想はもちろん,ネイティブと話すことです。

スピードラーニングにも会話力をつける補助サービス(有料)がありますが,オンライン英会話などの方がベターでしょう。

そこまでの時間もお金も意欲もないというなら,まずは「書く力」をつけることから始めるのを勧めます。

前述のとおり「聞ければ話せる」とは言えませんが,「書ければ話せる」とは言えます。

英会話とは,煎じ詰めれば英作文の応用です。

だからこそ次のような定番の本があるわけです。

『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』(2006・森沢洋介・ベレ出版)

この本のコンセプトは,英作文の反応速度を上げることです。

通訳の訓練の初心者版という感じです。

会話の力をつけるには,このような練習が欠かせません。

自分の頭で文を組み立てる練習をしなければ,話せるようには決してなりません。

そして繰り返しますが,「話す」ことは英語学習者にとって最も高いハードルです。

「これであなたも簡単に話せる」のような英語学習本のアオリ文句は,全部ウソです。

(私の著作の中にもそういう本があるかもしれませんが,業界の慣習として大目に見てやってください。

もちろん宣伝文句の文責は著者ではなく編集者ですよ)。

 

結論

ものは考えようです。

たとえば去年から今年にかけて,『開脚』の本がベストセラーになりました。

あれも(本を買った人が自覚しているかどうかはともかく)実際に開脚ができるようになりたいというよりも,

「こんな本を買って頑張っている(あるいは頑張ろうとしている)自分を感じたい」という動機で買った人もかなりいたのではないでしょうか。

そういう意味では,英語の力がつくかどうかはさておき,この教材にお金を費やすという行為そのものに満足する人もいるかもしれません。

また健康食品と同じで,「これが絶対に効く」というモノにすがりたがる精神性には一種の宗教のようなところがあります。

もしかしたらこの教材はそういうビジネスモデルなのかもしれないと,出版業界に身を置く者としては思うわけです。

「いい本が売れる」のではなく,「売れた本がいい本」だとしたら,スピードラーニングは「いい教材だ」と言ってよいのかもしれません。

しかし私は,人にはこの教材を勧めません。