2019/9/22 up

大人の英文法−コラム(16)

早慶上智の英語入試問題を批判する

 

これを書いている今の時点で,大学入試への民間テスト導入に反対する声は依然として衰えていません。

いろんな面で準備が間に合っていないことが大きな問題なので,それへの対処は当然必要です。

ただ,そもそも「4技能テストは何のために必要なのか?」という点を,ここで改めて確認しておきます。

4技能テストを推進する立場からのロジックは,およそ次のようなものです。

@日本人の英語力(=英語を使ったコミュニケーション能力)は,世界でも最低のレベルにある。

Aこれは,英語教育が非効率であり,特に発信力(話す力・書く力)の学習時間が足りないからだ。

B多くの生徒にとって英語学習の最大の動機は大学受験対策だから,大学入試に4技能を課せば生徒は発信力を鍛えるはずだ。

私のアプローチは,この基本的な路線に沿った上で,現状の大学入試問題を批判しようとするものです。

私の考えでは,今の入試に「話す・書く」を加えただけでは,生徒の負担は増すばかりで効率が下がります。

「話す・書く」を学ぶ負担が増える分は,どこかを削って学習量のバランスを取らねばならない。

では,どこを削るか?− その答えは,「大学入試の文法問題対策のためだけに必要な学習」です。

大学入試の文法問題には,「こんな知識や能力が何の役に立つのか?」と思わせるものが多々あります。

この記事では,主に2019年度の早慶上智の入試問題を見ながら,文法問題の何が問題なのかを考察します。


◆文法問題を出題する学部

文法問題の対策問題集はたくさん売られていますが,すべての大学・学部が文法問題を出題するわけではありません。

早慶上智で言うと,2019年度入試で1問1答式の文法問題を出題した学部は次のとおりです。

・早稲田大=法・教育・人間科学・スポーツ科学・社会科学

・慶応大=看護医療

・上智大=すべての学部

私の希望は,これらの学部でも文法問題を出題しなくなることです。

すべての大学が文法問題の出題をやめれば,高校生の英語学習の負担は劇的に減ると私は確信しています。


◆文法問題出題者の最大の誤解

次の問いは,早大・スポーツ科学部(2019年度)の空所補充問題の1つです。

With the publication of The Old Man and the Sea (    ) of Hemingway's simplistic style of prose.

A. came a new appreciation  B. did readers appreciate

C. was a new appreciation  D. readers newly appreciated

正解はA。およその文意は「『老人と海』の出版によって,ヘミングウェイの平明な散文体が新たに評価された」。

この問いには,ほとんどの出題者が無意識に抱いている次の「誤解」が典型的に現われています。

「読める英文は書けるはずだ」

上の(完成した)英文は,「読んで意味を理解[解釈]しなさい」という問いの素材としては使えます。

しかしこの問いは,英文を作る[完成させる]ことを求めています。

つまり出題者は,「この英文を読む力があれば,書くこともできるはずだ」という前提に立っています。

しかし,その前提は明らかに誤りです。

たとえば多くの日本人は,「薔薇」という漢字を読むことはできるでしょうが,書くのは難しいはずです。

文(章)もしかり。小説や新聞記事を読んで理解できるからといって,それらを書けるとは限りません。

それぞれの出題者がこの「誤解」に気づいてそれを改めない限り,ダメな文法問題は決して減りません。

東大の第4問の文法問題についても,全く同じことが言えます。


◆出題者の配慮が足りない問題

次の問いは,早大・法学部(2019年度)で出題された正誤判定問題の1つです。

問いは「4つの箇所のうち誤りを含むものを選べ。誤りがなければEで答えよ」というものです。

(A)Whoever helps repair (B)the relationship between the two warring nations 

(C)is more than likely (D)to go down in history as a great global leader.

この出題形式の問いは,「誤りなし」という選択肢によって難易度がはね上がります。

正解は(E)(誤りなし)ですが,これを実際に解いたとき,私は悩んだ末に(B)を選びました。

文のおよその意味は次のとおりです。

「交戦中の両国の関係改善に貢献した者は誰でも,優れた世界的指導者として確実に歴史に残りそうだ」

受験者の目線で言えば,まず(B)のwarが動詞として使えるのか?という判断に迷うでしょう。

しかし私が迷ったのはそこではなく,warring nations の語順です。

「大人の英文法」のa barking dogをめぐる諸問題で説明したとおり,一般に名詞の前に置かれた

分詞(形容詞)は,その名詞の恒常的に性質を表します。

つまり,the two warring nationsは,「戦争する性質を持つ[戦争好きな]2つの国」という意味になるのではないか?

この点を確認するために私は,ネイティブに次の文の妥当性を尋ねてみました。

I saw a man trying to stop a fighting couple.

(私はある男性がけんかをしているカップルを止めようとしているのを見た)

ネイティブの回答は,私の予想どおり「下線部は不自然。a couple fightingとすべき」でした。

つまり,a fighting coupleだと「恒常的にけんかをするカップル」のように響くからです。

「では,同じ理屈がwarring nationsにも当てはまるのではないか?」と尋ねたところ,答えはノーでした。

warring nationsは「今(一時的に)交戦している国々」の意味に解釈できる」とのことです。

これは,a barking dogが「今ほえている犬」の意味に解釈可能なのと同じです。

しかし,いずれにせよ出題者には,私が感じた疑問に対する配慮はなかったはずです。

結論として私は,次のように考えています。

正誤判定問題に「誤りなし」という選択肢を加えると,問題の難易度が必要以上に上がる。

しかし出題者は,そのことを自覚していない。

要するに,この形式の問題は出題すべきではない,というのが私の意見です。

別の例を挙げます。早大・社会科学部(2019年度)の正誤判定問題です(誤りなしはe)。

During periods of (a)prolonged heat and rain, the body (b)loses energy 

and as a result we (c)became more susceptible to (d)illness.

正解は(c)ですが,出題者は(b)が別解として成り立つ可能性をどれだけ考えたでしょうか?

およその文意は「暑い雨の日が続くと,体はエネルギーを失って病気にかかりやすくなる」。

だから(c)はbecomeでなければならない,と出題者は考えたのでしょう。

しかし,(b)のlosesを過去形のlostに変えて,全体を過去の特定の事実と解釈することはできないか?

これをネイティブに尋ねたところ,しばらく考えた後でこう回答しました。

「the bodyのtheがourなら,その解釈は可能。the bodyだと人体一般と解釈するのが普通だから,

文全体の内容は一般的事実と解釈できる。」

しかし,その判断を受験生に求めるのは酷でしょう。出題者の配慮不足の一例です。


◆何のためにこんな英文を作らせるのか?

次の問いは,早大・教育学部(2019年度)で出題された整序作文問題中の1題です。

I don't think she has a lot of talent. If ( it / her / endeavor / for / been / to / hadn't /

manager's ) promote her, she probably wouldn't have sold that many albums.

正解は,it hadn't been for her manager's endeavor to。

およその文意は「彼女は大した才能はないと思う。マネージャーの売り込みの努力がなかったら,

彼女はたぶんあれほど多くのアルバムを売ってはいないだろう」。

これも,「読んで理解できればよい英文」を自力で作らせようとする悪問です。

if it had not been for 〜(もし〜がなかったら)は受験英語では定番ですが,自分で使う必要はありません。

また,リーディングの素材中にもめったに出てこないでしょう。

つまりこのフレーズの知識は,ほぼ受験の文法問題を解くためだけに必要なものです。

だから,文法問題を全廃すればこの種のフレーズを覚える必要はなく,学習者の負担は減ります。

さらに言うと,上の文はformality(堅苦しさ)の統一という観点から疑問があります。

endeavorは文語調の堅い響きの語であり,that manyのthat(=so)は口語的なくだけた表現です。

上の内容を英語で表現したい場合,私ならたとえば次のように言います。

I don't think she has (an) outstanding talent. The reason (that) her albums sold so well is

because her manager promoted her aggressively.

ちなみに,この表現は文法問題では非常に好まれ,上智大・文学部(2019年度)にも出ています。

Had it not (    ) European influence, Russian culture would not be what it is today.

(a) been for(正解)   (b) under   (c) got from   (d) have

文意は「もしヨーロッパの影響がなかったら,ロシア文化は今日の姿ではなかっただろう」。

日本人が作文や会話でこんな文を作る必要はありません。

たとえば European culture had a great influence on Russian culture. とか,

Russian culture was greatly influenced by Europe. などと言えば済むことです。

また,上で述べた「formalityの統一」に関して,別の例を見てみます。

早大・人間科学部(2019年度)の正誤判定問題(誤りがない場合はE)です。

(A)I've been (B)on a diet for weeks and (C)there are a (D)few number of 

places where I can eat with my friends.

正解は(D)(few→smallが正しい)。

文意は「私は何週間もダイエットしてきたので,友人と食事ができる場所が(今なら)少しある」。

I've(短縮形)から話し言葉と考えられますが,それならthere are a small number of 〜はtoo formalです。

and以下は,I can go to a few restaurants with my friends. などがベターでしょう。

例をもう1つ。慶応大・看護医療学部(2019年度)の正誤判定問題です。

Your hiking shoes left dirt all over the entryway. 

I expect it to be (    ) up by the time I get home this evening!

A. wept  B. wipe  C. wiped(正解)  D. wiping

「おまえのハイキングシューズで通路が汚れた。今晩私が戻るまでにふいておきなさい」

といった意味ですが,日常的な場面で使う表現としては大げさすぎます。

第2文は (Be sure to) Wipe it up before I get home this evening. などで十分でしょう。


◆この問題作成方法は「手抜き」ではないのか?

たくさんの入試問題を見ていると,日本人出題者が「自分で英文を書きたがらない」ことがよくわかります。

好意的に解釈すれば「日本人が書いた英文よりネイティブの書いた文の方が自然だから」ということでしょう。

しかし,ネイティブの書いた文をそのまま使って「英文を作りなさい」という問いを作れば,必然的に

ネイティブと同じレベルの「作文力」を受験者に求めることになります。

日本人には,そのレベルの力は必要ありません。言いたいことを易しく表現できれば十分です。

次の問いは,上智大・理工学部(2019年度)の整序作文問題の1つです。

「その少女は目を合わせ,会話でも交互に喋る―精神疾患を持つ人々は一般に苦労すると言われることだ。」

The girl makes eye contact and takes turns in conversation things people with 

some mental disability are generally ( doing / have / known / to / trouble ).

正解はknown to have trouble doing ですが,日本語がほとんど意味不明です。

出題者はこの英文をどこかの原典から抜いてきて,それを和訳したのでしょう。

しかし長い文章の一部なので,前後関係がないと状況がわかりづらい内容です。

上智大には昔からこの種の問題が非常に多く,私には「手抜き」としか思えません。

次の問いは,上智大・外国語学部(2019年度)の正誤判定問題(最初の問い)です。

一連の文章を数行ごとに区切り,誤りの箇所を発見させる問い(東大の第4問と同形式)です。

You know how you sometimes have a truly great conversation, when 

(a)there are a mutual understanding and the discussion (b)just flows?

Uri Hasson, a Princeton professor of psychology and neuroscience,

(c)is studying the mechanism (d)behind conversations like that.

正解は(a)(→there is)ですが,出題者はさぞ楽だったろうと思います。

全部で10題の小問がありますが,素材の文章さえ決まれば半日もあれば作れます。

出題者はこのような問いによってどんな英語力を測りたいのか?

ネイティブが書く文章と同じレベルの文章を作る能力が,日本人に必要なのか?

出題者にはその点をまじめに考えてもらいたいと思います。

「手抜き」と言えば,忘れられない問題があります。2003年度の慶応大・看護医療学部の正誤判定問題です。

この問いは「4つのうちから誤りの箇所を探せ」という問いで,小問は20題。うち一部を,設問番号とともに示します。

33My mother 1)scolded me because I had pulled the 2)plug of her computer 3)from the 4)consent

36
When I 1)become 2)a college student, I 3)would like to join a 4)tennis circle.

39
1)Collecting old 2)stamps has been my 3)boom for the 4)past two years.

41
My sister 1)showed me how to 2)access the 3)web cite 4)from home.

43
Wendy 1)was delighted 2)at Paul’s 3)unexpected 4)propose.

45
An 1)umbalanced 2)diet 3)does no 4)good to your body.

47
My friends 1)keep 2)telling me to 3)quit eating 4)first food.

49
When you take a taxi in Europe, don’t 1)forget to 2)give a 3)chip 4)to the driver.

正解は,33=outlet,36=tennis club,39=hobbyなど,41=web site,43=proposal,45=imbalanced,47=fast food,49=tip 

この問いがダメなのは,自分の仕事に対する出題者の意識の低さが透けて見えるからです。

要領のいい受験生なら「間違った和製英語や単語のつづりがポイントだな」と推測して,知識が不正確でも正解が出せるでしょう。

私に言わせれば,この出題者は「入試問題を作る」という仕事をなめています。

民間でこんな問題を作れば,内部チェックで確実にダメ出しされます。

前にも言いましたが,大学入試問題の質は,一般の人が思うほど高くありません。

ただし,大学のランクと入試問題の質とは比例しません。

偏差値は低くても,いい問題を出す大学はたくさんあります。

慶応は文法問題を出す学部が少ないからまだいいとして,

早稲田と上智の出題者には自らの問題作成の姿勢を問い直してもらいたいと思います。

なお,上智に対しては「自分たちが開発したTEAPをなぜもっと使わないのか?」という素朴な疑問もあります。

これについては,別の機会に触れようと思います。

 

東大の英語入試問題を批判する

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