大人の英文法−コラム(19)

真・英文法大全の感想

 

以下は,関正生先生真・英文法大全を読んでの感想です。SKYWARD総合英語との比較が目的ではありませんが,話の流れでそういう内容も含みます。

 

書店には学参の棚と一般書の棚とがあります。この本(以下「大全」)はたぶん一般書の棚に並ぶはずだから,主な対象は一般人の英語学習者だろう,と私は思っていました。

しかし同書のp.5には,「高校英語(学校の授業)と大学受験を中心に据えつつも…」とあります。つまり「大全」は高校生を主な読者として想定しており,実際に大学受験対策を意識した説明が頻繁に出てきます。

だからこの本は,スタディサプリの関先生の高校生向け講座の準拠参考書と言ってもよいでしょう。

したがって,たとえば高校卒業程度の文法の知識を既に持っている人が「大全」を読んで,「自分にはあまり得るものがなかった」と感じたとしても,それは当然のことです。

そうした「本のレベルと自分のニーズとのミスマッチ」を理由として批判されるのであれば,自分が関先生の立場でも愉快ではありません。

「大全」には,冒頭の説明にもあるとおり,「高校生だけでなくすべての英語学習者に役立つ」「文法についてはここまで知っておけば十分だ」という関先生の思いがこめられています。

これはつまり「(受験対策を含めた)高校の文法をマスターすれば,社会人にも十分役立つ」という考え方です。

対比して言うと,SKYWARD総合英語(以下SW)の哲学はその真逆です。

SWも営業的には高校生を主な対象としていますが,基本的に「大学入試対策」を視野に入れていません(英作文など試験対策の説明も少しありますが,それは一般の英語学習者にも役立つと考えたからです)。

SWは「社会人に必要な(普遍的な)英語の知識を,高校生も持つべきだ」という発想で書きました。つまり,少なくとも著者の思いとしては

大全:主な読者は高校生であり,社会人にも使える

SW:主な読者は社会人であり,高校生にも使える

ということになります。

興味のある方は読み比べてみるとわかると思いますが,「大全」とSWの内容は相当に違います。

ざっくり言うと「大全」は説明やコラム記事に多くのスペースを割いており(ページ数が多いのはそのためです),SWは学習者にとって有益と思われる言語的事実をできるだけ多く詰め込むことを重視しています。

本と読者の間には「相性」があります。「大全」は,文法参考書を「読み物」として楽しみながら,高校レベルの文法学習をしたいと考える読者には向いていると思います。

私は関先生の授業を聞いたことはありませんが,「大全」は関先生の授業を文字に書き起こしたような性格のものでしょうから。

一方SWは,社会人なら既に高校レベルの知識を持っており,他の本には書いていない知識を得たいと希望する読者に向いています。

そんな本は高校生には不向きでは?と思われるかもしれませんが,私は「すべての英語学習者はこの程度の知識を持っておくべきだ」というつもりで書きました。

(1) 高校生へのアドバイス

「大全」を買った人の多くは,スタディサプリの関先生の講義を見たことがあるでしょう。ここで,学校の指導と関先生の指導との間でどう折り合いをつけるか?という問題が発生します。

たいていの高校生は,学校で買わされた「〇〇総合英語」という文法参考書を持っているはずです。これと「大全」をどう使い分けるか?

私の答えとしては,文法学習は基本的に学校で買った本を使って行い,必要に応じて「大全」を読むのがよい,と思います。理由は以下のとおりです。

これは私の持論ですが,文法学習というのは,特に英語の苦手な人にとっては一種の「麻薬」です。

入試対策の観点から言っても,文法を一通り学んだ後はできるだけ速やかに,英文を読んだり書いたりする実践的な練習に移行する必要があります。

この「移行」のハードルが,英語の苦手な人ほど高いのです。

自分は英語が読めないし書けない。これは文法が弱いからだ。だから文法をみっちり勉強しよう。

文法は「毎日これだけやった」という成果が見えやすいし,何より「勉強した気」になれるから。

こうしてだらだらと文法学習を続けているうちに,英語を読んだり書いたりする学習時間が削られていきます。

文法学習が「麻薬」だというのは,そういうことです。長文を読むのは苦痛でも,文法問題を解くのは楽で気持ちいいのです。

そうやって失敗した君たちの先輩は無数にいます。要するに,私が高校生に対して言いたいのは,「文法学習に時間をかけすぎてはいけない」。この1点です。

たとえば「学校の授業で仮定法の説明がよくわからなかった」と思ったら,「大全」を読むといいでしょう。

関先生の説明の方が理解しやすい,ということは十分あり得ます。つまり「大全」は,文字通り「サプリ(メント)」として使うのがよいと思います。

学校で使っている総合英語と「大全」の両方を使ってみっちり学習する,というやり方は避けるべきです。

読んで楽しいからという理由で「大全」を熟読していると,それ自体が麻薬になります。

では,もしも学校で使っている総合英語の本と「大全」の記述内容が食い違っていたらどうするか?

その点は大丈夫。「大全」には「@一般の文法書にはこう書いてある+Aしかし正しい説明はこうだ」という類の記述がよく出てきますが,

実際はAの説明の多くはたいていの総合英語の本にも書いてあります。「では@は間違いなのか?」と問われるなら,事実としてはそうです(これについては後述)。

また「文法問題対策学習」が自分にとって必要か?という点を,よく考えてください。

国公立大(地方の一部の大学を除く)の志望者でNext Stageを買うような人はいないと思いますが,私大でも文法問題を出さない大学は増えています。

ちなみに東大にも文法問題は出ますが,ああいうのは特殊です。

自分の志望校に文法問題が出ないのなら,文法問題を意識した学習は不要です。「大全」にはその種の説明もかなり入っています。

基本的に国公立大の志望者は,「大全」中の文法問題対策に関する記述は読み飛ばしてもかまわないと思います。

高校生の皆さんにもう一度言います。「文法学習」から「読解(や作文)学習」へ移行する時期が早ければ早いほど,志望校に合格する可能性は高まります。

「大全」を読み物として楽しむような時間的余裕は,皆さんにはないはずです。できるだけ速やかに,文法学習から卒業してください。

 

(2) 「大全」の内容とクオリティに関する感想

「大全」は出版される前からTLに情報が流れてきて,批判的な意見もありました。

私が実際に読んでみた感想としては,「100点満点ではないが,いい本だ」と思いました。点数をつければ,90点くらいでしょうか。

この本の最大の長所は,読んで面白いことです。人気講師である関先生の授業を紙に書き起こしたと考えれば,面白いのは当然とも言えます。

豊富な経験に基づく1つ1つの説明やコラム的な記事はバラエティに富んでおり,(上級者以外なら)十分な知的刺激を味わえるはずです。

具体例をいくつか挙げると,

himherは弱形の発音に注意(p.305

despite/due to the fact thatの形が重要(p.137

may as wellにはなげやり・あきらめ・妥協などのニュアンスがある(p.231

など。上級者にとっては普通の説明でしょうが,このレベルの知識が役立つ学習者は多いはずです。

また私は英語の本における例文の質を重視します。

ハノンの横山先生も書いておられましたが,読者に伝えたい情報を的確に例示し,かつリアリティのある英文を作るのは難しい作業です。

SKYWARDの例文を書く際も苦労しました。そういう観点から言って,「大全」の例文はとても良質だと思います。

これは「大全」の執筆協力者であるKarl Rosvoldさんの功績が大きいと思います。

「大全」にはKarlさんの一口コメント(ネイティブから見た言葉のニュアンスの説明など)がところどころに入っており,私も参考になりました。

なお「総合英語」系の多くの本の例文も,最近は昔に比べて良質です。

本としての「大全」の性格は,かつて爆発的に売れた総合英語Forest(現在の名称はEvergreen)に近い路線でしょう。

Forestの最大の特徴は,理屈で理解させようとすること。たとえば動名詞の章の冒頭の説明には,enjoygive upavoidなどの後ろに置かれた動名詞のニュアンスが説明されています。

「大全」(p.527-)でも,動名詞のみを目的語にとる動詞を「反復」「中断」「逃避」の3つのニュアンスで説明しています。

学習者の好みの問題ですが,わざわざ文法書を買う社会人読者は自分の知的興味を満たす本を求めると思うので,「大全」や「一億人の英文法」などは読んで面白いでしょう。

ただし「理屈」は本によって違うので,いろんな説明を読み比べるのも楽しいかもしれません。

以前にも挙げた例ですが,「大全」(や一般の文法書)では「分詞構文は副詞の働きをする」と説明しています。

一方SKYAWARD(p.181)では,次のような分詞構文を「(補足説明用法の)形容詞の働きをする」と考えます。

・Amazon.com, established in 1994, became an E-commerce giant in the 2010s.

(1994年に設立されたアマゾン社は,2010年代に大手のネット通販業者になった)<established=which was established>

 

なお,ネットの文法解説動画などには,怪しげな説明も時々見られます。「大全」を読んだ人の中には「この本の説明は本当に正しいのか?」と思った人もいるかもしれません。

この点について言うと,一般向けの英語の本の中にちょっと変わった説明があり,何冊かの辞書や参考書を見てもよくわからない場合,私の判断は次の3つです。

A その説明に共感する。

B 自分はそうは思わないが,その説明もありだと思う。

C その説明は違うと思う。

正直に言うと,「一億人の英文法」には(私にとって)Cのタイプの説明がちょくちょくありました。一方「大全」はと言うと,Cはほぼありません。

つまり「大全」の説明は,基本的に「間違ってはいない」と私は思います。

 

たまたまTLで流れてきた動画で取り上げられていた例を挙げて説明します。「大全」(p.830)に次の記述があります。

本書では複合関係詞は"譲歩"の意味とまとめます。譲歩とは「たとえ〜でも」の意味で…

この譲歩を土台に据えて,あとは名詞としてまとめるのか,副詞としてまとめるのか,という違いだけです。…

@Whoever may object to this plan, I will carry it out.

たとえ誰がこの計画に反対しようとも,実行するつもりだ」  ※副詞節

AWhoever breaks the law will be punished.

たとえ誰が法律を破ろうとも,その人は罰せられる」  ※名詞節

名詞節の場合は「たとえ〜でも,その人は」のように名詞化する(最後に名詞を残す)イメージです。…

この説明を,その動画では批判していました。しかし,この記述に対する私の評価はA,つまり共感します。

以下は私流の複合関係詞の解説です。

前置詞に代表されるように,多くの単語は1つの中心的な意味から派生したさまざまな意味を持ちます。

たとえばwhateverwhateverであり,everには疑問詞を強める働きがあります。

したがって,この語のコアの意味が「いったい何が[を]〜するのか」だと考えることには合理性があります。

@Whatever she makes, it is delicious.

(彼女がいったい何を作るかは知らないが[→彼女がたとえ何を作ったとしても],それはおいしい)

AWhatever she makes is delicious.(彼女が作るものは何でもおいしい)

@→Aのような言葉の変化は十分に考えられるでしょう。

一方,よく知られているように,anyeverは親戚関係にあります。

any=たとえどの1つのモノを選んでも

ever=たとえどの1つの時を選んでも

つまりanyeverも,それ自体が「譲歩(たとえ〜でも)」の意味を内包しています。

譲歩とは一種の条件付けであり,事実を表すわけではありません。

× I have ever been to China.

× Anyone agreed with him.

これらの文が間違いなのは,「everanyは譲歩の意味を含むので,事実を表す文と相性が悪いからだ」と説明できます。

したがってwhoever=@anyone who/Ano matter whoの言い換えでも,@Aのどちらにも「譲歩」の意味が内包されています。

形の上では名詞節・副詞節の違いがありますが,「大全」にあるとおり,意味の上ではどちらに解釈してもよいケースもよくあります。

Whoever invented this device must be a genius.

たとえ誰がこの装置を発明したにせよ,その人は天才に違いない。

×この装置を発明した人は誰でも,天才に違いない。

この文の下線部は名詞節ですが,whoeveranyone who((たとえ)どの1人を選んでも)の意味ではなく,

No matter who invented this device, he or she must be a genius. の意味に解釈する方がしっくりきます。

このように,whoever本来の意味をベースに考える「大全」の説明には一定の合理性があると思います。

また「大全」(p.481)には,不定詞の目的と結果の意味が体感値で90%重複する,つまり「目的を表す不定詞の大半は結果の意味にも解釈できる

という趣旨の説明があり,執筆協力者のKarlさんも賛同しています。これも「〜する方へ向かう」という不定詞本来の意味で考えればよいということです。

別の例を挙げます。「大全」(p.166)にこういう説明があります。

would/couldは「仮定法の目印」

仮定法を英語ではthe subjunctive moodと呼び,仮定法にはmood「気持ち」がこもることはINTRODUCTIONで説明しました。

気持ちを伝えるために助動詞が必要となり,仮定法は時制を過去にする特徴から,助動詞も過去形になるわけです。

よって,助動詞の過去形こそが仮定法の目印となるわけです。

この部分だけを読むと,「仮定法の文は常に助動詞の過去形を含む」と誤解されて「それは違う」と反論されるかもしれません。

しかし私は,この説明は「あり」だと思います。厳密な意味では正しくなくても,仮定法を含む文の1つの特徴をとらえているので。

(上の説明には厳密に言えばいくつかのツッコミどころがありますが,それは許容範囲内と考えて)

このように私のABC評価では,「大全」の記述はほとんどがA(共感する)・B(それもあり)であり,C(違うと思う)はほとんどありません。

参考までに,BCの中間の例を1つ挙げます。「間違ってはいないけれど,その説明だとわかりにくいのではないか」と私が思うものです。

「大全」p.197ではwillの核心的な意味を「100%必ず〜する」と説明し,p.198に「各用法を『必ず〜する』で捉えなおす」とあります。

一方SKYWARD(p.28)では,willの用法を次の3つに分けています(→131 willに関する注意点)。

@意志のwill(〜しよう):自分の意志を表す。

A未来を示すwill(〜する(ことになっている)):過去形を作る-edに相当する記号。後ろの動詞が未来の出来事であることを示す。

B推量のwill(〜だろう):未来の出来事(の可能性)に関する自分の判断を表す。

私流の説明だと,「100%必ず〜する」の意味を持つのは@とAのwillであり,B(推量のwill)は必ずしも100%の確信を表しません。

たとえばHe will be busy now.(彼は今忙しいだろう)のwillは,確信度の高い推量でしかありません。

一方,mustは未来の推量には使えないので,未来に起こることに関してはwillが最も確信度の高い推量を表します。 そういう観点から言うと,

「大全」p.228の「話し手の確信度の目安」という表で,確信度をwill<mustとし,mustは数字では表せません」と説明しているのは,私の考えとは違います。

上記Aの「未来を示すwill」は,関先生の言葉を借りて言うなら「数字では表せない」確信を表すものであり,予測が外れる可能性を考慮していません。

一方現在推量のwillは,He will be busy now. からわかるとおり,100%の確信は表しません。したがって私の考えでは,

A 現在のことを推量する場合の確信度=will<must

B 未来に起こることを語る場合の確信度=must<will 

  (mustは100%の確信を表すが,Bのwillの確信度は数字では表せない)

だと思います(あくまで私の考えです)。

 

関先生に対してネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし「大全」の文法的説明は間違いか?という問いに対する私の基本的な答えは「ノー」です。

ざっくばらんに言えば,「大全」を批判する人は関先生の英語の実力を見くびりすぎじゃないの?と思います。

(3) 私が 「大全」にマイナス点をつけるところ

先に書いた通り,「大全」に対する私の評価は100点満点ではありません。主な理由は3つです。

第1に,(気づいた方も少なくないと思いますが)

「@一般の文法書の説明はこれだ+Aしかし正しい説明はこれだ」という流れの解説において,@には多くの事実誤認があります。

たとえばp.175に次の説明があります。

were toは昔から間違った説明が横行しています。「万一ありえるshould」に対して,「万に一つもありえない」という位置づけでwere toが説明されることが多く…

このくだりは,今の文法書にもそう書いてあるように読めます。

実際は今日の総合英語系の本(SKYWARDEvergreenGeniusCorpus CrownVision QuestBreakthroughDual Scopeなど)を見ると,

were toの意味をそのように説明しているものはたぶん1つもありません。高校の先生はこれらを使って,関先生と同じ説明を生徒にしているはずです。

ただし私は,この種の事実誤認を大きな罪だとは思いません。@とAは落語で言えば枕と本題(噺)であり,枕でスベッても噺が面白ければいいのではないか。

@はオマケであり,読者にとって重要なのはAなのだから。ただ関先生の話はAだけでも十分面白いのだから,@はない方がよかったと思います。

ついでに言うと,「よく知らないこと(現在の文法書の記述内容)を知っているかのように批判する」のは,確かに褒められたことではありません。

しかしそれを言うなら,本を読まずに著者を批判する方がよほど品のない行為だと思います。

ちなみに私は「大全」が批判の対象とする「一般の文法書」の著者の一人であり,意地悪な言い方をすれば関先生の商売の道具に使われた面があります。

しかしそれはお互い様だし,別に不快ではありません。クリエイターは作品をして語らしめるもの。読者には著作を読んでもらえばわかることです。

私にとっての「大全」の2番目のマイナスポイントは,この本自体の質とは関係ありません。

はっきり言うと,私はこの本を高校生にはあまり使ってほしくないのです。理由は学校の勉強との兼ね合いです。

英語の成績が比較的よい生徒は,スタディサプリという講座を受講するだろうか?

学校の授業が理解できていれば,余分のお金を払ってそれ以上の勉強をする必要はない。

だとすればスタディサプリの主な受講者は,比較的英語の苦手な生徒ではないのか?

動画なら見るのにそれほど多くの時間はかからないだろうから,関先生の授業は学校の授業の補習として役立つでしょう。

しかし,その講義を文字にしたであろう「大全」を読もうとすれば,おそらく相当な時間を食います。

学校の授業内容が十分に理解できない生徒が最初に読むべきは「大全」ではなく,自分が持っている(学校の授業とリンクした)総合英語の参考書であるべきです。

補足すると,SKYWARDにも同じことが言えます。学校で指定された総合英語の本を持っている高校生が2冊目の参考書としてSWを買う場合,学校で指定された本が優先です。

SWには文法知識をreadingwritingに応用するための情報が豊富なので,それらは適宜利用できるでしょう。

出版社としては,自社の総合英語を採用していない高校の生徒にも個人で買ってほしいはず。著者も自分の本が売れてほしい。

しかし一人の英語教育者としての私は,高校生がこの種の本を2冊以上同時に読むことは基本的に勧めません。その時間は英文の読み書きなどに使ってもらいたいと思います。

「大全」も高校生にとっては一種の総合英語の本です。そして「大全」を学校単位で採用する高校は1つもないはずです。

したがってこの本は「2冊目の参考書」として個々の高校生に買われることになる。しかし私の基本的な考えでは,高校生が文法参考書を2冊持つ必要はない。

社会人が「大全」を読み物としてじっくり楽しむのは大いに結構ですが,高校生には学校で使っている総合英語の本を使ってほしいわけです。

だから「大全」は,主な読者として高校生でなく一般社会人を想定した本であってほしかった(大学入試対策の説明は不要)。そこが私の不満な点の2つ目です。

そして第3のマイナスポイント。これも私の個人的なこだわりですが,授業であれ本であれ大学入試対策を視野に入れた文法指導の中で,

「ここは文法問題によく出るから気を付けろ」というようなことを語るのはもう時代遅れだと思います。その指導が意味を持つ生徒はせいぜい半分くらいでしょう。

共通テストにも国立二次試験にも,文法問題はほぼ出ません。私大でも文法問題を出す大学は減って来ています。

さらに今後は英検など民間試験を英語入試の代わりにする大学も増えると予想されます。そうした民間試験にも,いわゆる文法問題はほとんど出題されません。

しかし文法参考書には,入試の文法問題を意識した説明がよく出てきます。たとえば「大全」pp.232-9では「shouldの特別用法」として仮定法現在などを詳しく説明していますが,

これらは主に文法問題対策の知識であり,英語を読んだり書いたりする際にはここまでの説明はなくていいと思います。

拙著「英語教育村の真実」に書いたとおり入試の文法問題には悪問が非常に多く,一般の文法参考書はその悪問に合わせた作りになっている面があります。

いわばダメな大学入試が文法学習を支配している。SKYWARDの1つの狙いはその現状を変えることであり,だから「大人向け」に作ったわけです。

一方で現実的な話をすると,今日では推薦入試などを利用して英語の試験を受けずに大学に入学する生徒が大勢おり,中学の英文法さえ理解できていない大学生も少なくありません。

私は大学生向け教材も多く書いていますが,売れ筋は中学〜高校初級レベルのいわゆるリメディアル教材です。

そういう現実を見ると,もし自分が大学教員なら,「入学者にはせめて中学英語程度の知識を持っていてほしい」と思うはずです。

自己矛盾することを言うようですが,(「大全」やSKYWARDも含めて)総合英語系の本はそういうニーズに応えることができるだろうか?―という素朴な疑問があります。

文法は英語の運用力のベースであり,文法を学ぶことはとても大切です。しかし現実の高校生の英語力を考慮すると,現在の総合英語系の本とは別に,

(無試験で大学に入るような生徒を対象として)中学レベルの知識を確実に身に付けさせる「基本文法」の本があってもよいのではないか。

その本では当然,入試対策という観点は不要です。その代わりに,たとえば「英語のハノン」のようなスタイルで中学レベルの文を読んだり書いたり話したりする練習を徹底的に行う。

その方が本人のためにもなり,大学で教える教員も指導が楽になるはずです。

話が脱線しました。この記事のまとめです。

@他書の批判をしない。

A本の主要な読者を社会人とする。

B大学入試(とりわけ文法問題)対策の知識は省く。

もしもこの3点が満たされていたら,私は「大全」に100点満点をつけました。

最後に一言。私自身,ATLAS執筆時とSKYWARD執筆時とではベースとなる知識の量がかなり違います。

知識は年齢とともに蓄積されるもの。関先生はまだお若い。10年,20年後に「大全」の全面改訂版を書けば,さらに素晴らしい本になるでしょう。

関先生の今後のご活躍をお祈りします。

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