ある釣り師の出張

 

東京へ出張する日ときは,2〜3泊して午前10時ごろの新幹線に乗って帰ってくる。

今回は仕事が早く終わったので,帰る予定の日曜日の前日(土曜日)の

夕方4時ごろの新幹線に乗ることができた。(1月19日)

この時間帯に帰るのは久しぶりだが,楽しみがひとつある。

車内で酒を飲みながら帰れるのだ。

 

東京から福山までは,新幹線で4時間以上かかる。

夕方4時に乗って,着くのは8時過ぎ。

時間はたっぷりある。

新幹線ホームの売店に入る。

まず,ツマミを物色する。

パックに入ったおかずを4品選ぶ。

それにビールのロング缶を2本と,

リザーブの水割り缶を2本。

しめて3,500円くらい。

居酒屋で飲むよりちょっと安い。

 

次の問題は,席の込み具合である。

座席はグリーン車で窓側に取ってあるが,

隣の席に人が座ると,大酒飲むのはちょっと恥ずかしい。

だいいち,すでに酒やつまみが大量に入った袋を持っているのだ。

「あんた,それ一人で飲むんか?」というような目で

見られること自体恥ずかしい。

できたら,隣が空席になってほしい。

今日は土曜日の夕方じゃし,人が多いかもなあ・・・

 

しかし乗り込んでみると,車内はガラガラ。

新横浜で乗ってきたとしても,たぶん大丈夫だろう。

思ったとおり,新横浜で乗ってきたのも数人。

時間から考えても,このあと隣に人が座ることはまずない。

よっしゃよっしゃ。

 

とりあえず,ウォークマンを聞きながら夕刊を読む。

流れるメロディーは吉幾三。

窓の外を見ると,1月なのでもう薄暗くなりかけている。

 

ゆうべも飲んだがさほど深酒してはいないので,体調はOK。

外の景色も眺めながら飲みたいので,真っ暗になる前には始めたい。

5時ごろ,静岡駅を通過。

今日は仕事の都合で朝飯しか食べてない。

腹も減ってきたので,飲み始めることにした。

座席横のトレイを引き出して,缶ビールとおかずのパックを1つ出す。

最初のパックは枝豆。

プシュッとビールを開けて,とりあえず一口。

枝豆をかじる。

 

そうそう,テープを替えとかにゃ。

吉幾三のテープを出して,「長い曲」とラベルの貼ってあるテープに入れ替える。

このテープは90分だが,A面とB面に2曲ずつしか入っていない。

つまり,長い曲4つが入れてある。

酒を飲みながらこのテープを聞くのが好きなのだ。

 

さらに,東京駅の本屋で買った月刊誌を出す。

タイトルは,「つりマガジン(2月号)」。

酒を飲みながら,外の景色を見て,好きな音楽を聴いて,

釣りの本を眺めるわけである。極楽極楽。

 

枝豆ばっかりだと飽きるので,別のパックも出して並べる。

次は,焼き鳥。ほとんど一人宴会ふう。

もっともまだビールは1缶目の半分くらいしか飲んでない。

ちょうど列車の進む正面に,真っ赤な夕日が沈んでいくのが見える。

テープから流れてくる歌は,

「アジアの大ー地ーが見ーたくってぇー」

わっかるかな〜?

 

ビール1缶目飲み終える。2缶目をあける。

つりマガジンをめくる。

最初の方のページは釣具メーカーの宣伝が並んでいる。

シマノの最新式電動リールの写真がデカデカと載っている。

携帯電話の画面みたいなのがついていて,

「糸巻学習」「さそい−する/しない」などとメニューが映っている。

あのな〜。

電動リールに自動的に誘いをかけてもろーて,

それで釣りをしとると言えるんか,おっさん。

 

時計は5時半を回り,外はほとんど暗くなりかけている。

列車は浜名湖を通り過ぎている。かろうじて海が見える。

テープからは,新井英一の「清河(チョンハー)への道」が延々と流れている。

「65年のその頃は  ベトナム戦争真っ最中 〜」

 

つりマガジンのグラビアページをめくる。

シーバス,ヤリイカ,スミイカ,カレイ,メバル・・・

おっ?誰やこのおっさん?

ソフトルアーにメバルをぶら下げた白髪の老人。

名前を見ると「井上博司」とある。

この人,まだ生きとったんか〜。

忘れもしない中学生の頃,初めて釣りの本を買った。

「釣り入門」とかいう,まんまのタイトルだった。

その著者が,この写真の井上博司氏である。

もう30年くらい前のことだから,

この人はその頃からずっと釣り人生を送っていたわけだ。

うらやましい。そう言えば11PMの服部名人とか,

今ごろどこでどうしておられるやら。

 

枝豆がなくなったので,次のツマミを出す。

「洋風おつまみセット」。

鮭のマリネやチーズやハムが入っている。

列車が名古屋に近づく頃,新井英一の歌が終了。

次の歌が流れ出す。

「じめじめと暗く腐った憂鬱な人生を  俺は憎んでばかりいた

叩かれても突っ伏したまんま  ただ頭をひしゃげて生きてきた・・・」

 

名古屋の街の灯を眺めながら,2缶目のビールを飲み終える。

空き缶やパックのゴミを捨てに行くついでに,

売店で水割りを購入。

「水割りちょうだい」と頼むと,

50g入りのリザーブの小さなボトルと氷の入ったプラスチック容器,

それに缶入りのミネラルウォーターをくれる。これで610円。

新幹線のホームで買った缶入りの水割りはちょっと薄いし

氷もないので,今買った氷を使って飲むわけだ。

氷の入った容器に缶入りの水割りを半分くらい注いで,

それにボトルのウイスキーを足してちょっと濃くする。

 

列車は名古屋を出て,京都へ向かう。

最近暖かかったので,来るときは米原あたりもほとんど雪がなかった。

つりマガジンのグラビアは,さらにメジマグロ,シーバス・・・

突然,見慣れたような魚が出てきた。

その魚は「イラ」。

姿はコブダイにそっくり。

一度だけ,伊豆で仲間が釣ったのを見たことがある。

甲斐崎圭氏という釣りライターが,記事を書いている。

「舌踊る滋味  イラのしゃぶしゃぶ」

皮つきのまま切り身にして,ナベにさっとくぐらせて食べるらしい。

写真は確かに,いかにも美味そうに見える。

これは,今度コブダイでやってみるしかあるまい。

 

そうやって雑誌を読みながらも,耳は音楽を聴いている。

曲は最後の長いリフレインに入っている。

「お前が決めろ  お前が決めろ  そうさ  明日からお前がCaptain of the Ship

ヨーソロー  ヨーソロー  ヨーソロー ・・・」

 

長渕剛の「Captain of the Ship」が終わって,A面が終了。

ちょっとイヤホンを外して,音楽は休憩。

水割りは1缶目が空いて,2缶目に入る。

つりマガジンは・・・

「メイタガレイの姿盛り」かあ。美味そう。

しかし,今日はなかなか酔いが回らんなあ。

酩酊の一歩手前が一番気分ええのに。

 

おっと,どっかで見た顔が。

「新連載  エド山口のグローバルフィッシング  上級者はこう釣る」

エド山口さんは好きな釣りキャスターで,「世界を釣りたい」が今は

地元のテレビで見られないのが悔しい。

文章を読むと,まさしくその通り!ということが書いてあった。

こんなふうに。

「上級者が釣り座に着いて,サオを出します。案の定,

『潮もよいなく,目的魚も見当たらない』状態での釣りが

始まります。しかし,彼は淡々と釣り作業を続けます。

海の状況を見ながら,その様子に合わせた仕掛け交換,

コマセの打ち方などに若干の変化をつけながらも,

精神面は安定しているのです。・・・

決意は固いのですが,釣ろう釣ろうとは考えていないのです。

『時合いが来たら必ず釣る!』この信念を保持しながら,

作業としての釣りを淡々と,そして確実にくり返しているのです。

・・・いつその時合いがくるのかは海しか知らないことです。

それを待つ間に釣り人が疲れてしまっては,せっかくの

チャンスをモノにすることができなくなってしまいます。

『釣れるときにしっかり釣る!』

これが上級者たちの釣り方なのです。」

別に自分が上級者だと言いたいのではなくて,

じっさい釣り(特にかぶせ釣り)をしていると,

この人の言いたいことがよくわかる。

1日のうちに時合いはせいぜい数十分しかない。

そのチャンスを見極めて集中して釣るのが釣果を上げるコツだ,

と言いたいわけだ。

 

テープB面を入れる。曲が流れ出す。

「洗濯機と冷蔵庫が ひとつ屋根の下に暮らしても

愛とか憎しみとか  心みだれることも無いだろう・・・」

つまみ4つ目を出す。

ハムとレタスの盛り合わせ。

しばらく曲を聴きながら,水割りを飲む。

残り少なくなってきたが,もうちょっと酔いが足りない。

京都を過ぎ,大阪駅でほとんど客が降りた。

車内にはもう2〜3人しか残ってない。

ふだんならこのへんでひと寝入りするが,

今日はまだ眠気がささないので,

最後の1本ということで売店で缶ビールを追加。

長い曲は最後のサビのあたり。

「山よ河よ雲よ空よ  風よ雨よ波よ星たちよ

大いなる大地よ  はるかなる海よ

時を越える  ものたちよ

あなた達に囲まれて  私たちは生きていく

たった一度きりの  ささやかな人生を

くり返しくり返し  ただひたすらに ・・・」

 

河島英五の「心から心へ」が終わり,

テープも最後の曲が流れ出す。

「ざわわ  ざわわ  ざわわ ・・・」

 

「涸沼川のハゼ」かあ。

いっぺん行ったことあるなあ。

全然釣れんかったけど。

しかしシーバスの記事が多いのー。

1日中釣って1尾掛かるかどうかの釣りを,

真冬にご苦労さんなこっちゃ。

白石勝彦さんのカワハギ釣りか。

この人,専門は渓流のはずじゃけど。

フグ・シマアジ・ブダイ・シロギス・・・

おるとこにはおるんじゃね。

 

列車が岡山県を通るころ,

森山良子の「さとうきび畑」が終わる。

下車までもう30分ほど。

ようやく酔いが回って,もう立っても

まっすぐには歩けん。

このまま寝れたら最高じゃけど,

まだ電車を乗り継いで帰らにゃならん。

明日は日曜日。でも,ちょっと飲みすぎたんで

釣りに行けるかどうか・・・

まあ,朝ゆっくり起きてから考えるか。