クイズをひとつ。ふらりと入った小さな居酒屋のお品書きに,刺身のメニューが並んでいます。できますものは,次の10種。あなたなら,どれを注文しますか?(季節は無視してください)

マダイ ヒラメ シマアジ カンパチ ハマチ
アジ マコガレイ スズキ マゴチ アイナメ

無謀に断定してしまいますが,ぼくなら下段の5つを注文します。「オマエの言いたいことはわかったよ」と思われた方は,ぼくになんかください。


酒屋にもピンからキリまであるわけですが,いわゆるチェーン店でない(自店で魚を仕入れる)普通の値段の居酒屋で刺身を注文するとき,真っ先に考えるべきことは,「その魚が養殖物かどうか?」ということではないでしょうか。上の10種のうち,上段の5種(マダイ・ヒラメ・シマアジ・カンパチ・ハマチ)は,普通の値段で食えるのはまず100%養殖物です。別にオレは養殖でもかまわないよ,と言われりゃそれまでだけど,養殖物と天然物とは全然味が違います。カレイやアイナメのように,大型でもせいぜい40〜50cmほどにしかならない魚は,養殖されていません(エサ代の方が高くつくので)。だから,必ず天然物が食べられます。もっとも,いくら天然物でも,いったんコチコチに冷凍してから解凍したようなものは,白身の場合は食えたもんじゃないです。

にうるさい人には言わずもがなのことと思いますが,ちょっと魚を食べ慣れた人なら誰でも,生きのいい魚と「冷凍物」「養殖物」の区別はできると思います。しかし,人間の味覚というのは恐ろしいもので,ぼくにもずいぶん前にこんな経験があります。ちょっと高級そうなイタリア料理だかフランス料理だかの店に行ったときのこと。ぼくは普段,洋食や中華の魚は食べません。うまいと思ったことがあまりないので。でもこの時は大勢で行ったので,みんなでその店の名物だというブイヤベースを注文しました。で,出てきたブイヤベースのスープを一口飲んだのですよ,あなた。--- とてつもない味でした。入っていたのは,エビ・イカ・アサリ・ワタリガニ・ウマヅラハギだったかな。これが全部冷凍物ですよ,あなた。特にまずかったのはカニ。いやー,こんなもん誰が食うんだ?と思ったわけですが,何しろその日はそれがメインディッシュなので,他に食べるものがない。で,しょうがないから一口,二口 --- 気が付くと,全部平らげてたんですよ,あなた。人間ってこわい。・・・いや,何が言いたいかと申しますと,どんなにマズい魚でも,それを続けて食ってると舌が馴染んでしまう,ということなのです。ヒラメにしてもシマアジにしても,ふだん養殖物しか食ってないと,それがその魚の味だと思ってしまいます。そういう意味では,釣り人は本物の味を知るチャンスが多い分恵まれています。素人は所詮素人で,魚屋さんや板前さんほどには味の目利きはできませんが,魚の味がだんだんわかってくるプロセスというのは,実に感動的です。釣り人なら,何はさておき自分の釣った魚を刺身で食べてみるべきでしょう。


酒屋で美味しい魚を食べる次のポイントは,「生け簀料理の店には入らない」ということですね。店の名前は出さないけど,あるとき東京から来たお客を連れて,うちの地元の有名な生け簀料理の店に行きました。プールみたいな生け簀にいろんな魚が泳いでいて,確かに見栄えはよろしい。で,メニューに「マルハゲ(カワハギのこと。当地ではカワハギをマルハゲ,ウマヅラハギをクロハギと呼ぶ)」があったので,仲居さんに注文しました。はたして。出てきたのはウマヅラ。生け簀にはちゃんとカワハギも泳いでるのにですよ。可能性は3つあります。1つめ。単なるミス。2つめ。板前にカワハギとウマヅラの区別がつかなかった(なわきゃないか)。3つめ。板前がオレらの顔を見て「こいつらにはどうせカワハギもウマヅラも区別できんじゃろ」と思ってウマヅラを出した。では,なぜわたくしがカワハギを注文したのか。その答えは,生け簀の魚の中で,養殖物でなさそうなのがカワハギくらいだったから。

--- った1回の経験だけで生け簀料理に偏見を持つなよ,と言われる方には,もう1つお話ししましょう。あれは,東京の「S屋」という大衆居酒屋チェーンの店に入ったときのこと。店の入り口に水槽があって,アジが元気よく泳いでいます。で,アジなら養殖物じゃあるまいと思って,アジのタタキを注文しました。いや,あのときは・・・思わず言葉に詰まってしまうけど,そのアジの味は「金魚鉢の味」でした。金魚鉢を食ったことがあるわけじゃないんですが。とにかくそういう味。理由は明白。水槽の臭いがアジの身に染み付いてしまっておったわけです。つまり,「生け簀で活かしておいた魚は食うな」と,わたくしはこう言いたいわけなのです。同じことを,ウナギでも感じたことがあります。有名なうなぎ屋で1時間以上待たされて出てきたうな重が,やっぱり金魚鉢の味でした。これも,ウナギを生かしておくカメだか池だかの内側についたコケの味が染み付いたような感じ。皆さん,焼きたてのウナギを口にする一瞬,生臭さを感じたことはありませんか。で,ウナギとはこういう味だと思っていませんか。違います。少なくとも,海のウナギには全然そういう臭みはありません。美味しいウナギが食べたかったら,自分で釣り上げるのが一番。なかなか釣れませんが・・・


とりとめもなく偏見を語ってしまいました。ぼくの場合,居酒屋に限らず,「美味しい魚を食べた思い出」と同じくらい「マズい魚を食わされた思い出」があります。カチカチに凍って歯が立たないマグロ定食,古くなって茶色い脂の浮いたアジの開き,回転寿司の甘エビよりふにゃふにゃのボタンエビ,日焼けしてクロダイと間違えそうなマダイ(養殖物)の活き造り --- 人間は失敗を経験して成長すると言いますが・・・そもそも居酒屋で美味い魚を食おうなんちゅーのが間違いかもしらんけど・・・それでもやっぱり・・・ゼイタクは言わんから,普通の魚を食わしてほしい。