〜イシガキ君のその後〜
9月24日に須波で釣ったイシガキダイは,結局そのあとどうなったかというと,
今はもう水槽にはいない。1週間ほど鑑賞して,水槽の掃除をするついでに
同居していたサンバソウと一緒にリリースした。当初は食う予定だったが,
サンバソウと寄り添うように仲良く泳いでいるのを見てしまうと,片方だけ
リリースしてもう一方は食うというのは,あまりに忍びないということで。
水槽の魚を海へ帰すときは,採取場所でリリースするべきだとされている。
しかし,須波でリリースしたら,ほかの釣り人にまた釣られる可能性が高い。
で,イシガキダイが生息できそうな場所でリリースしてやることにした。
先週の日曜日に水槽の掃除をするために水を汲みに行ったのは,向島の
干汐。ここの砂浜へ,イシガキダイとサンバソウを放してやった。最初は
ぼーっと漂っていたが,我に帰ると2匹とも一目散に沖へ泳いで行った。
その日の夕方,水槽に入れる魚を調達に,家の近くの干潟へ行った。
1〜2cmくらいの海エビを数十匹と,小ハゼ,それに珍しいヨウジウオが
1匹採れたので,それらを水槽へ入れた。エビを食う魚は当分入れられん。
〜占い師のオバサンのこと〜
最近テレビを見ていると,H木という占い師のオバサンがやたら出てくる。
スポーツ新聞にも「さすがHさん,阪神の優勝を開幕前にズバリ予想!」と
出ていたのには笑った(カープの優勝を予想したなら褒める価値もあるが)。
オバサンは本職の占いではなく,主に芸能人相手の身の上相談役として
「ズバリ言うわよ」とかいって,なんかいろいろ言っている。
一口で言えば毒にも薬にもならない娯楽番組であり特に興味もなかったが,
先日の番組で,現役の学校の先生を集めて説教していたのには驚いた。
「それは,越えちゃいけん一線を越えとるんじゃないん?」と思った。
実際その番組でのオバサンの口調は,ふだん芸人相手に好き放題に
しゃべっているのと同じノリであった。一口で言えばドシロウトのたわごとで
あり,底の浅い思いつきの連発でしかない。なぜ「越えてはならない一線」
なのかと言えば,ふだんの芸能人相手の説教はヤラセであるということを
視聴者も暗黙裡に了解しているのに対して,オバサンの語る教育論は
「この人の言うことは正しい」と誤解する視聴者を生みかねないからだ。
ある意味,バカを再生産することになりかねない。
だいいちあの先生たちは,学校へ戻って生徒にどう言い訳するのだろう。
番組を見た生徒たちは当然「先生,テレビで叱られとったね」「シロウトの
おばさんに負けたらダメじゃろがね」とか言うだろう。気の毒に。
思うに多くの視聴者は,占いであれ社会批評であれ,オバサンの語る内容
でなく,「オバサンに説教されている不幸ないけにえの姿」を見たがって
いるのだろう。オバサンは水戸黄門の印籠だが,あのドラマが面白いのは,
水戸黄門にやりこめられる悪役側に対して視聴者が「ざまあみろ」という感情
を共感できるところにあるように思う。オバサンを水戸黄門に仕立てたのは
テレビ側の戦略だが,その背景には当然,視聴者側のカリスマ願望と嗜虐
志向,つまり「自分より不幸な他人の姿を見たい」というS的好奇心がある
に違いない。
そういう視聴者が悪い,と言うつもりは全然ない。主婦が恋愛ドラマに熱中
するのと同じことで,自分の中のドロドロした欲望をバーチャルな世界の中で
発散するのは,決して悪いことではない。その本能自体を許さなければ,
ギャンブルも風俗も成り立たない(そんなものはいらんという人もあろうが)。
話がちょっと飛躍するが,「暴力的なアダルトゲームなどが犯罪を助長して
いる面があるので,これらの販売を制限すべきだ」という主張は,それ自体
あってもよいと思う。しかし,実際にそうすべきかどうかの判断を下す段階
では,プラスとマイナスをはかりにかける必要がある。実際にそうしたビデオ
や映画やDVDやコミックやゲームによってストレスを発散したり癒されたり
している,つまり何らかの恩恵を得ている人も世の中には多数いるわけで,
「少しでもマイナスのあるものは全部アウト」という判断は間違っている。
たとえば,犯罪の動機の大半は「金に困って」ということであり,その理由の
多くは「ギャンブル」と「サラ金」だろう。だからといって,「犯罪を減らすため
にギャンブルをサラ金を廃止しろ」と主張する人はほとんどいない。それは,
犯罪を増やすというデメリット以上の多くのメリットを,多くの人がそれらに
対して認めているからだ。アダルトゲームでも事情は変わらない。「そんな
ものは必要ない」と言うのはそれに興味のない人の言い分であり,「ワシは
アダルトゲームがなかったら生きていけんのじゃ」という人も,世の中には
大勢いるのである(ほんとか?)。
今は人気絶頂のあのオバサンも,いつかは飽きられるときが来るだろう。
しかし,大丈夫だ。オバサンには,奥の手が残されている。それは,今まで
とは全く逆に,自分が「いじめられる側」を演じることだ。「かつてあれほど
ワガママ放題をしていた人が,今ではこんなに落ちぶれている」という存在
として生まれ変わるならば,世間の人々は今よりも熱狂してオバサンに
好奇の目を向けるに違いない。本人がそういうイメージチェンジを受け
入れるかどうかは知らないが。
〜黒田くんに告ぐ〜
スポーツ新聞によれば,12日のカープの最終戦に黒田が先発するという。
黒田くん,今からでも遅くない。登板を辞退したまえ。
今年のセリーグの最多勝は,カープの黒田と阪神の下柳の争いとなった。
14勝で並んでいた二人のうち,先に15勝目を挙げたのは下柳だった。
これが阪神にとっての最終戦で,翌日の新聞には「下柳,最多勝確定!」
と大きく載った。厳密にはまだ確定ではなかったが,カープの試合はこの
時点で残り2つであり,黒田が2試合で2勝しない限り,下柳のタイトルは
まず間違いない。そういう意味では,新聞の見出しはまあ妥当と言えた。
ところがだ。黒田はその2試合のうち1つ目に,今季初めてリリーフ登板
して15勝目を拾った。明らかに,黒田に勝たせようとする作為があった。
もっとも,下柳の15勝目も,作為的と言えば言える。試合はもつれて
延長戦になり,普段は途中で降板する下柳もこの日だけは延長10回を
投げ抜き,結局勝ち投手になったからだ。しかし,これを批判する人は
ほとんどいないだろう。そして現在,黒田と下柳は15勝で並んでいる。
黒田が最終戦に先発する理由は,1つしかない。
タイトルを2人で分け合うよりも,1人で独占したい,ということである。
そのこと自体は,全く理解できないわけではない。勝負の世界に生きて
いるスポーツ選手は,そういう気持ちも特に強いのかもしれない。
しかし,現に黒田がリリーフで15勝目を挙げたとき,ファンから球団に
約20件の抗議電話が入ったという。もし最終戦で黒田が勝ったなら,
抗議の数はそんなもんじゃ済まないだろう。それは黒田自身にとっても,
またカープにとってもマイナスでしかない。黒田よ,最終戦には出るな。
だいいち,同じスポーツマンとして,下柳に申し訳ないとは思わんのか?
下柳は全試合先発でローテーションの軸を担い,15勝はすべて自分
の力で勝ち取ったものだ。黒田も当初は,15勝目をかけて最終戦に
先発登板する予定だった。そこで勝って下柳と最多勝を分け合うのが,
一番すっきりする終わり方だった。
しかし,リリーフで15勝目を挙げたこと自体は,まあ許してやろう。
タイトルが欲しいのは人情だし,チームの温情もある程度わかる。
しかし,「タイトルを独り占めしたい」となれば,話は別である。
「そんなに欲張らんでもえかろうが」と感じるファンの方が,たぶん
圧倒的に多いと思う。最後の2試合の登板方法はもちろん黒田自身
から言い出したことではないだろうが,「そこまでアンフェアな操作を
してタイトルを取りたくない」と言うくらいの気概を見せてほしい。
アメリカでは,ホームランを打った選手がガッツポーズをすること
さえ,「相手に失礼だ」としてマナー違反とされる,という。かつて
日本のゴルフの大会で,日本選手と優勝を争っていた外国人選手
に対して「ナイスボギー」と野次を飛ばしたギャラリーがいて大問題
になったことがあった。文化の違いということもあるが,「それは,
人としてどうなん?」と多くのファンに思わせるような無作法な行為
は,特に注目度の高い人には慎んでもらいたい。
追記 :
中日の中里投手が復活登板を果たしたことを,心から祝福したい。
前に雑記帳にも書いたが,彼はたった一度の事故によって,歴史に
名を残す選手になれるかもしれないチャンスを失いかけていた。
来年の活躍を見守りたい。