最終更新日: 2001/01/28

雑記帳 (環境問題編-@)

 


 

● 2000/11/22(水) クラゲ雑考

¶きのうのテレビ(NHK・クローズアップ現代)で,クラゲの大量発生の特集を見た。広島湾を始め日本海沿岸各地でも今年はクラゲが異常発生しており,原発の取水口をふさぐなど大きな被害が出ているという。

¶クラゲは動物性プランクトンを手当たりしだいに食べ尽くすので,クラゲが多くなるとイワシなどの小魚の漁獲が減るらしい。しかし,TVのコメントによれば,クラゲが増えた一因は「魚の獲り過ぎ」だそうだ。ライバルである魚が漁によって減ればその分クラゲの食いぶちが増え,クラゲの数が増える。そうするとエサが減ってますます魚が獲れなくなる。漁師は収入を確保するために,十分育っていない小さな魚まで獲ってしまう。するとますます魚資源は枯渇する---という悪循環になる。もう1つの理由は,クラゲの卵(ポリプ)は岩盤など固いところに産み付けられるので,コンクリート護岸の増加がクラゲにとってはいい環境だとか。確かに東京湾にはクラゲが山ほどいたように思う。広島大学の教授が出演して説明していたが,クラゲの天敵はマナガツオなどわずかの魚に限られ,食物連鎖の頂点にいるのだとか。しかも以前はクラゲは冬には水温低下ですべて死んでいたが,最近は海水温が徐々に上がっており,越冬するクラゲもいて大量発生に拍車をかけている。いずれクラゲしか住まない海になっても不思議ではないそうだ。

¶一番の問題は,大量発生しているミズクラゲに食用価値がない,という点にある。だから漁師の網にかかっても迷惑でしかない。しかし,あの番組を見て「オレがクラゲの利用方法を考案してひと儲けしてやろう」と思った人もいたはずだ。原料費はタダ同然だから,食用クラゲせんべいとかクラゲの干物とか作って商品化できたら,実際儲かると思う。

¶釣りとクラゲの関係で言うと,このあたりのベテランの釣り人にとっては,「クラゲ=ハゲのエサ」というイメージがある。ハゲ(ウマヅラハギ)は波止釣りの人気魚種の1つで,たいていは大きなカケバリで引っ掛けて釣る。一般的な仕掛けはカケバリの真上にオキアミをつけたりして,寄ってきたところを上から見ながら(あるいは竿先で当たりを取って)大きく合わせて引っ掛けるという,おおざっぱな釣り方をする。ぼくもかぶせ釣りを始める前は,この引っ掛け釣りにのめり込んだ時期がある。そこでクラゲの登場となる。まず,波止付近に漂っているできるだけ大きなクラゲを網ですくう。足(触手)のいっぱいついているやつがいい。これを落としダモや網袋に入れ,上から吊るして水面から2〜3mのところ(上から見えるギリギリの深さ)に固定する。クラゲの足をつつきに来るハゲを,上から見ながら引っ掛ける…というもの。とにかくハゲはクラゲが大好物で,数釣りがしたければこの方法に勝るものはない。もちろん釣趣には欠けるので,今は全然やる気はないが。

¶グリーンピア安浦へ海水浴に行ったとき,クラゲ(カツオノエボシ?)に刺されたことがある。最初は蚊に刺されたような感じだった。だんだん痛痒くなってきて,かなり長い間疼いた。クラゲ,あなどりがたし。でもカラコギ(ハオコゼ)の方が痛い。こちらは5〜6回経験した。毒のあるカサゴに指されたことも。ゴンズイに刺されたことはないので,どの程度痛いかはわからない。イシガニに指をはさまれたこともあり,これも痛かった。20〜30分バケツに汲んだ水に浸けていたら,ようやくハサミを離してくれた。釣りも楽じゃない。

¶クラゲと言えば中華料理。塩蔵クラゲを使って自分で作ってみたこともあるが,今イチ美味しくない。やはりクラゲにも種類によって質の差があるようだ。むしろ「山クラゲ」という山菜みたいな乾燥品が以外にイケる。水で戻して野菜炒めや和え物に入れると美味。そう言えば,何の脈絡もなく思い出したが,子供の頃一番よく食べた肉は鯨肉だった(同じ世代の人ならわかってくれると思うけど)。これにも質の格差が歴然としてあり,テンプラ屋で買った鯨カツはまずかったのに,魚屋(だったか肉屋だったか)で揚げて売っている鯨カツはとびきり美味かった。それに,鯨ベーコンも独特の風味で好きだった。あと,幼稚園で配ってくれた肝油(鯨の脂から作る)。10年以上前に下関の鯨料理専門店でコース料理を食べたが,あの店はまだ残っているだろうか。あと10年くらいしたらクロマグロも捕獲禁止になって食べられなくなる可能性が十分ある。今のうちに味わっておきたい。 


 

● 2000/11/1(木) 芦田川有情

 

この前の日曜日,上の娘が福山地区の小学生のスポーツ大会に出るというので,竹ヶ端運動公園へ行った。娘の姿をカメラに収めた後,運動公園のすぐ目の前の芦田川の護岸に降りてみた。このへんは河口堰付近で,中州は全く見えない。護岸にびっしりホテイアオイ(金魚蜂によく入っている水草)が茂っている。その中に60cm級のコイの死骸が浮かんでいた。護岸は石積みの遊歩道ふうに作ってあるが,幅が狭すぎて散策にはいかにも不向きに見える。予算が足りなかったのかもしれない。というより,こんな場所に中途半端な金をかけても仕方がないようにも思える。

芦田川はたしか15年くらいずっと中国地方の汚染度ワースト1を続けているが,もし河口堰がなかったら,コイもウナギもナマズも天然アユもたくさん採れただろう。もっとも,中流付近は見た目にはそれほど汚れているふうでもない。国道2号線の下から南に下った競馬場あたりまで見ても,中州があるせいか川の雰囲気もそう悪くない。しかし河口堰付近の水色は,先入観のためかどうしても不健康そうに見える。河口堰を時々開いて堰付近の水を海へ流す計画があるらしいが,それは確かに川にとってはプラスかもしれない。しかし,長良川でかつて堰を開いたら付近に沈殿したヘドロが海へ流出して海が汚染された例があるように,海が汚れたんじゃ何にもならない。川のゴミを海へたれ流すだけの結果になりはしないかと心配になる。上流のダムの水位を下げて川の水量を増やすことについては,ダムを管理する建設省だかが強硬に反対している,とか新聞に書いてあった。結局,誰かが得をすれば他の誰かが損をするということだろう。

少し上流へ歩いてみると,コンクリート護岸に足場をこしらえてヘラブナを釣っている人たちがいた。尋ねてみると,今日はまだ型を見ていないとのこと。自分も学生時代に東京近辺でヘラブナ釣りをやっていたので,懐かしさがこみ上げてくる。こんな雰囲気の川でヘラブナを釣ったこともあったなあ,と記憶をたどってみる。利根川水系や富士五湖あたりの自然が残っている場所へも釣行したが,都会の公園の池などでも釣りをした。雰囲気には欠けるが,当時は魚が釣れさえすればそれなりに楽しめた。ヘラ竿は今でも持っているので,こちらへ帰って来てからもいつか行ってみようと思いながら,結局今に至ってしまった。自分が生きているうちに,芦田川で釣りをしてみよう,と思わせてくれるような日が来るだろうか。 


 

● 2000/8/29(火) 人工干潟の欺瞞

きのうの「クローズアップ現代」で,人工干潟が取り上げられていた。最初に失敗例として,尾道と佐伯の人工干潟が映像で紹介された。最近は研究も進んで,多くの生物が定着するためにはバクテリアの付着しやすい細かい砂が堆積するように干潟の傾斜を緩くするのが大切なことがわかってきた…というようなことを言っていた。

¶ そういう技術論とは別に,そもそも「人工干潟」というものの存在じたいに疑問がある。ゲストの学者さんが,全国に40ほどある人工干潟は,失敗も多いが成功している部分もある,と言っていた。成功とは何を指すかと言えば,アサリの収穫高が元の(埋め立てで消失した)干潟並みだから,とのこと。しかし,それじゃあ工場と同じだろう,と言いたくなる(もっとも最近は干潟の浄化作用の方が重視されてきたらしいが)。人工干潟の研究者が「人工干潟は全部ムダです」という答えをするわけもないが。

¶ 人工干潟というのは,ある意味で現代社会の縮図のような気がする。たとえば2000円札が発行されたとき,一定の「経済効果」が期待された。自動販売機(両替)などに新たなシステムが必要になるため,そこに設備投資や雇用の機会が発生するのだと。同じことは,ゴルフ場や河川改修などにも言える。大切なのは,「役に立つかどうか」ではなく,「金が動くかどうか」であるらしい。我々の社会や文化や生活環境の向上に貢献するか,という視点を欠いた,単に「金を配分するための仕組み」としての意味しか持たない事業というものが,我々の周りには多すぎる。経済の活性化と言えば聞こえはいいが,無駄な公共事業を消化するために新たな建設会社が生まれ,仕事が終わってもその会社の雇用を維持するために新たな土木事業を無理やり作り出す,という構図は,どう考えても健全とは言えない。

¶ 人工干潟の造成は,開発(自然干潟埋め立て)の免罪符となるだけではない。番組では触れられなかったが,造成に使われる土は土木工事につきもののいわゆる浚渫(しゅんせつ)土であり,人工干潟には「捨て場に困った浚渫土の受け皿」という側面もある。これは,人工干潟が他の土木工事とセットで計画されやすいことを意味する。要するに,自然回復の名目のもとで,人工干潟は自然破壊の片棒もかついでいることになる。偽善そのものである。単に公共工事と言えば,最近は社会の目も厳しくなり,むやみに行うことはできなくなった。しかし環境保全というコロモをかぶせてしまえば,抵抗なく税金を投入するための大義名分ができる。政・官・民の三者にとって,プラスはあってもマイナスはない。--- 子供の頃から慣れ親しんだ友達(干潟)が,悪人(欲望むき出しの経済システム)に蹂躙されている --- そんなダーティーなイメージが頭に浮かんで,やりきれない気分になるのだ。


 

● 2000/4/28(金)  〜「海からの伝言」のこと〜

 

松永湾のことはちょっと棚上げにしておいて,最近印象に残ったことを2つほど書いてみたい。

1つめ。「海からの伝言−新せとうち学−」という本を,ようやくだいたい読み終えた。買ったのはだいぶ前だが,夜ちょっとずつ読んだので時間がかかった。中国新聞に連載された記事をまとめた本だが,新聞連載当時から興味深く読んでいたのだ。特に,芦田川の記述は印象的だった。河口堰ができたのが1981年。その後の芦田川が中国地方の汚染度ワースト1となって久しいのは周知の事実だが,堰の建設以前の河口付近があれほど魚介類の宝庫だったとは,その記事で初めて知った。うちは松永なので芦田川へ行くことはほとんどなかったが,小学生の頃に一度だけ芦田川で釣りをしたことがある。安物の竹竿での素朴な釣りだったが,ハヤ(オイカワ)がいっぱい釣れた。その中に1尾だけ,それまで見たことのない魚がいた。体型はハヤと似ているが,背中の色が緑色っぽく,明らかに別の魚だった。近くの人に聞いてみると,それがアユだと言う。体長10cmほどの小アユだったが,当時は放流などしていなかったはずだから,天然アユが芦田川にも溯上してしてことになる。もしもあの堰がなかったら,今でも芦田川は魚介類の宝庫だったのかもしれない。あと百年くらい後には自然保護の機運が今より高まって,あの河口堰が壊され,ひょっとしてもとの自然が戻るんだろうか−もしそうだとしたら,オレらは不幸な時代に生まれたことになるよなあ−と,ちょっと感傷的になってしまう。

2つめ。先週末に録画しておいた釣り番組を,ようやくきのう見た。昼間のメバル釣りだった。玉ウキと胴突き仕掛けを組み合わせてギジエを遠投する珍しい釣りで,ちょっと自分でもやってみようかな・・・と思わせる面白そうな釣り方ではあった。ただ,そこに出ていたベテランらしい釣り人がインタビューに答えて,毎週メバルを釣って帰って自分で調理する,多いときは3ケタ釣れる・・・というようなことを言われていた。いつも思うんだが,そんなにたくさん釣って帰って,どうやって食べるんだろうか。まあメバルの場合は少しぐらいたくさん釣っても魚がいなくなるとは思えないので,魚資源枯渇の心配はあまりないと思う。しかし,家族は食傷してるんじゃないかなあ。実際うちの家族も,毎回同じ魚ばかり持って帰ると飽きられるので,なるべく違う魚を狙うようにしている(冬場は他の釣り方では釣れないのでかぶせ釣りオンリーだが)。そこで,上に紹介した「海からの伝言」に面白い記事が載っている。水産試験場が94年に江田島と能美島でチヌ狙いの釣り人131人に聞き取り調査を行って,「釣り人の漁獲量」を推測した,という。それによると,年間100kg以上のチヌを釣る人が1割程度いたとのこと。それらから釣り人が年間に釣り上げるチヌの目方を推測すると,プロの漁業者の2.5〜8%に上るとのこと。これは決して小さい数字ではない。だいいち,年間に100kgもチヌを釣って,どうやって食うんだ。30cm級のチヌでも目方はせいぜい500gくらいだろうから,毎日チヌの刺身をたらふく食うくらいの計算になる。釣り場でリリースする人もいるだろうし,必ずしも食うために釣るわけじゃないだろうが,年中チヌひとすじとかメバル専門とかなってしまうと,家族に迷惑がられるのがちょっと辛い。確かにチヌもメバルも,もちろんかぶせ釣りも釣趣の点では非常に魅力的ではあるが,魚の活性の高い時期は,なるべくいろんな魚を狙うのが自分には合っている。しかし,今年はハゲが全然釣れないのだ。あー,早く連休になってほしい。


◆ 2000/3/1(水)  〜マグロの乱獲について〜

 

2月28日(月)に,NHKの「クローズアップ現代」で,マグロの乱獲の特集を見た。

もう10年くらい前になるだろうか,捕鯨の規制が話題になったことがある。当時は,「鯨を食べるのは野蛮だ」というグリーンピースを始めとする諸外国の主張と,「正しく資源管理すれば,捕鯨は差し支えない」という日本の主張とがかみ合わない,という図式のように見えた。だから,捕鯨を禁止する必要なんかない,個人的にも鯨肉は好きだし・・・程度の理解でしかなかった。しかしその後,その考えは間違っているんじゃなかろうか?という気がしてきて,わたくしは今では「捕鯨は未来永劫,全面禁止にすべきだ」と思っている。その理由は,「日本という国が信用できない」という1点に尽きる。実際,捕鯨禁止論争の当時も,「漁獲高のガイドラインをたとえ決めても,日本がそれを守るはずがない」という外国からの指摘はあった。その通りだろうなあ,と今は思う。それを再確認させられたのが,おとといの番組だった。

番組によれば,マグロ乱獲の図式は次のようなものだ。

@ 資源管理のため各国にマグロの漁獲高が割り当てられているが,そうした国際的な枠組みに入っていない国がある。その1つが台湾である(たしか鯨も同じ)。

A バブル時代にマグロ関連ビシネスに新規参入した日本商社は,(日本の漁船は水産加工会社と古くから取り引きがあって入り込めないため)台湾からマグロを大量に飼い付け,その結果乱獲を助長している。

B しかも台湾のマグロ漁船は日本の中古船であり,日本の漁業者たちが本来輸出してはならない中古船(漁船の増加は乱獲を招くので)を,新造船の費用捻出のため違法であることを承知で台湾に売りつけたものである。これらは台湾国籍にはできないため,国籍は日本になっている。これを便宜置籍船(べんぎちせきせん)と呼ぶ。

C 昨年末,便宜置籍船からマグロを買い付けていた15の商社のうち,大手8社は便宜置籍船との取り引きを廃止すると表明した。しかし中小の商社にとっては人件費の安い便宜置籍船からのマグロ輸入が禁止されることは死活問題であり,応じる意志はない。

D 一方,日本の船主組合が台湾側との交渉の中で便宜置籍船の廃止を要望したところ,1隻当たり1億円の補償金を要求され,交渉は進展していない。台湾側の主張によれば,もともと日本から売りつけてきた便宜置籍船によって生計を立てるに至った漁業者にとって,その船を廃船とすることは収入を絶たれることであり,相応の補償は譲れない,という(この主張には一理ある)。

E コメンテーターの言によれば,たとえ台湾の便宜置籍船を廃止しても,マグロの乱獲が収拾に向かう可能性は低いとのこと。日本におけるマグロの高値が続く限り,新たな商社の参入,台湾におけるより高性能な漁船の建造,台湾以外の国でマグロを加工品とした後に輸入するなど,何らかの抜け道を経由して日本に入るマグロは減らないだろう,という。

要するに,市場原理が働く限り,違法であれ金儲けの手段としてのマグロの乱獲はなくならない,ということだ。マグロをクジラに置き換えても,理屈は全く同じだろう。確かに,商社にも,日本・台湾双方の漁業者にも,「マグロが獲れなくなったら破滅だ」という切羽詰った事情があるのはわかる。特定の誰かを責める気にはなれない。公共事業も,原発も,基本的には同じことだ。少なくともマグロやクジラに限って言えば,われわれ消費者が,むやみやたらに年がら年中食べたがらない,という心がけを持つことが,結局一番大切なんじゃないだろうか。

 

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