デンマークの言語学者イエスペルセンは,文中の語群の構造を次の2つに分けて説明しようとしました。
・ネクサス(Nexus)=〈主語+述語〉の関係を含む語群
・ジャンクション(Junction)=〈修飾語+被修飾語〉の関係を含む語群
たとえば a
cute cat はジャンクション,The cat is cute.
はネクサスです。
ただし一般にネクサスという言葉は,「文の一部として働く〈S+V〉の関係を含む語群」の意味で使われます。
(a)
I'm looking forward to John coming to see me.
(ジョンが会いに来てくれるのを楽しみにしている)
この文では,下線部がネクサスです。John
coming に「ジョンが来る」という〈S+V〉の関係が含まれるからです。
また学校英語との対応で言えば,SVOCのOCはすべてネクサスです。
(b)
I'll make you happy.
(私はあなたを幸せにするつもりです)
*SVOCの文で,下線部がネクサス。O(you)とC(happy)との間に
You are happy. の関係が含まれる。
(c)
I want John to come to see me.
(私はジョンに会いに来てほしい)
*SVOCの文で,下線部がネクサス。O(John)とC(to
come)との間に John comes. の関係が含まれる。
イエスペルセンが唱えたネクサスの概念は,生成文法の理論形成に大きな影響を与えました。
「英語のしくみ」でも触れましたが,次の例を見てください。
(d)
I want to succeed.
(私は成功したい)
(e)
I want John to succeed.
(私はジョンに成功してもらいたい)
学校英語では「(d)はSVO,(e)はSVOC」と教えるのが普通ですが,ネクサスの考え方を適用すると
どちらの文も(基本構造は)SVOだと考えられます。生成文法では,これらの文を次のように説明します。
(d')
I want O[I
succeed]. (私は[私が成功すること]を欲する)
(e')
I want O[John
succeed]. (私は[ジョンが成功すること]を欲する)
※これは便宜上の説明です。生成文法にはO(目的語)という概念はありません。
2つの文はこのような同じ基本[深層]構造を持ち,実際に使われる(つまり文として生成される)ときには
(d)(e)のような形として現われる−これが(変形)生成文法の基本的な説明の例です。
ネクサスと関連付けて言うと,(d')(e')の[
]内には〈主語+述語〉の関係が含まれていますね。
そこでこれらの文の[
]の部分を,ネクサス目的語と言います。
もう1つ例を挙げます。
(f)
I expected John to come.
(私はジョンが来ることを期待した)
S V
O C
(g)
I told John to come.
(私はジョンに来るように言った)
S V O O
2つの文は,表面的には(生成文法の用語で言えば「表層構造」は)同じように見えますが,
元の形(深層構造)が次のように異なります。
(f')
I expected O[John
come]. (私は[ジョンが来ること]を期待した)
(g')
I told John O[John
come].
(私は[ジョンが来ること]をジョンに伝えた)
学校英語に沿って言えば,次のようになります(これも便宜的な説明です)。
(f)は元の形がSVOである(O=ネクサス目的語)。
(g)は元の形がSVOOである(2つ目のO=ネクサス目的語)。
このことは,(f)(g)が次のように言い換えられることからも確認できます。
(f)
→ I expected that John
would come.
S
V
O
(g)
→ I told John that
he should come.
S V O
O
このようにネクサスの概念は生成文法に取り入れられ,英語の文構造の解析に大きな役割を果たしました。
ちなみに生成文法が生まれる以前に主流だった構造主義文法(代表的な学者はホーンビー)では,
(f)と(g)は同じ構造としてグループ分けされていました。表層構造が同じだからです。
生成文法は両者の深層構造の違いを発見することで,構造主義文法を超克したというわけです。