大人の英文法-133 <先行詞+関係詞節〉の前の冠詞の選択
※Twitterに書いた一連の記事をだいぶ修正しました。
まず,SKYWARD総合英語(p.442)の関連説明を示します。これは多くの文法参考書に書かれている内容と基本的に同じです。 話が複雑になるのでSKYWARDではこれ以上触れませんでしたが,本稿はこの一般的な説明を補完するためのものです。
(1) theのさまざまな用法 SKYWARDでは,theの用法を次の5つに分けています。 @指示のthe:同じ言葉や話題がすでに出ている ・I want to buy the tablet.(私はそのタブレットを買いたい) A状況のthe:その場の状況から1つに特定できる ・Could you pass me the salt?(塩を取ってもらえますか) B唯一のthe:(この世に)1つしかない ・Japanese food is popular around the world.(和食は世界中で人気がある) C予告のthe:後ろに修飾語があるので1つに特定できる ・I'm interested in the history of America.(私はアメリカの歴史に興味がある) D対比のthe:同種のものから1つを抜き出して指し示す ・A lot of people use their smartphones on the train.(多くの人が電車の中でスマホを使っている) 情報構造の観点から言うと,C(予告のthe)だけが他の4つとは違う働きを持つと言えます。 theはどんな場合に使うのか?一般には, 何を指すかが相手にもわかる[=相手が1つに特定できる]と話し手が考えているものの前にはtheを置く。 と定義できます。では,〈the+X[名詞]〉が何を指すかが相手にわかるのはなぜか? @ABDの場合,〈the+X〉と聞いた時点で,相手はXを1つに特定できます。 しかしCの場合,I'm interested in the history. だけでは,相手はhistoryを1つに特定できない。 「何の歴史なの?」という疑問が沸きます。だから後ろに修飾語(of America)を置いて,「アメリカの歴史」であることを説明する。 つまり「予告のthe」とは,「後ろに(新情報を含む)修飾語がありますよ」と予告する働きをする。 このtheは一般的な用語で言えば後方照応の用法ですが,SKYWARDではそういう働きに着目して「予告のthe」と呼びました。 (3)の説明では,先行詞の前のtheを@A(状況依存),C(後方照応),D(対比)の3つに分類しました。 状況依存とは,(後ろの関係詞節がなくても)〈the+名詞〉だけで相手がその名詞を1つに特定できるような状況が既に存在している,ということです。 Dの「対比(あるいは総称)のthe」とは,play the pianoやin
the eastのように「同種の他のものとの対比」を意識して使われるtheです。 たとえばpianoと言えば誰もが(具体的な)同じ形の楽器を思い浮かべる。一方soccerという語から思い浮かべるイメージは人によって違う。 つまりpianoは具体性が強いから対比のtheをつけてplay the pianoと言い,soccerは抽象度が高いから無冠詞でplay
soccerと言う,とSKYWARDでは説明しています。
(2) 先行詞の前のaとtheの選択(序論) ここがおかしい日本人の英文法V(T.D.ミントン)では,制限用法の関係(詞)節を次の2つに分けています。 ・特定用法:関係節はある特定の(specific)人または物を指す。先行詞にはtheをつける。 ・分類用法:関係節はある種類の(kind)人または物を指す。先行詞は無冠詞(複数形)またはa/anをつける。 両者の違いは,関係節によって修飾される人や物の数によって決まる。1人[1つ]だけなら特定用法,複数ありうるなら分類用法。以下,ミントン先生の説明です。 ×This problem can be attributed to the education system that forces teenagers to cram for exams. (この問題の原因は,ティーンエイジャーに試験のための詰め込み勉強を強いる教育制度にある) 上の文の場合,分類用法と考えてthe education systemのtheをaに変える必要がある。 同書の解説:これは日本の教育制度について述べた文ですが,日本の教育制度というのは当然1つしかありません。しかしeducation systemの前にtheを置くことによって,関係詞は特定用法となり,「ティーンエイジャーに試験のための詰め込み勉強を強いる教育制度」はこの世にたった1つしかない,という意味を表すことになってしまうのです。言うまでもなく,そのような教育制度は世界に1つだけではありません。… Someone was telling me the other day about a/the Japanese proverb that has something to do with nails sticking up. (先日,ある人が「出る釘(杭)」に関する日本の諺を教えてくれた) 上の文では,「出る釘」に関する日本のことわざを自分は1つしか知らないからtheを使う(特定用法)。しかし日本に来て間もない外国人なら,「出る釘」に関する日本のことわざが複数あるかもしれないと考えてaを使うだろう(分類用法)。
しかし,この「1つだけか?複数ありうるか?」という分類方法は必ずしも万能ではありません。 @One
day I was in the cafeteria talking with a classmate about my hometown. Suddenly a student who was sitting next to us interrupted and said, ... (2006センター本試) @では,隣に座っていた学生が1人であってもtheでなくaを使います。理由は言うまでもなく,a
studentが新情報だから。つまり先行詞の前の冠詞の選択は, A:その人や物はただ1つに決まるか?複数ありうるか? B:その人や物は新情報か?旧情報か? という2つのファクターに左右されると言えます。 AThat’s
the [×a]
house I was born in.(あれは私が生まれた家です) この文でa
houseを使うのは誤り。「私が生まれた家」は1つしかないはずだから,ミントン先生流に言えば特定用法のtheを使います。しかしthe
hospital以下は新情報です。 BThat’s
the bookstore that opened last week.(あれが,先週開店した本屋です) これはSKYWARD(p.199)の例文ですが,日本語が「あれが」になっている点に着目してください。the
bookstoreは旧情報(その本屋のことは既に話題になっている)であり,thatが情報の焦点になります。 CThat’s
a bookstore that opened last week.(あれは先週開店した本屋です) この文ではa
bookstore以下が新情報(逆に言えば,この日本語の意味を表すにはaを使う)で,ミントン先生流に言えば分類用法です(先週開店した本屋は複数ありうる。aはそのうちの1つであることを表す)。 まとめると,こうなります。 AThat’s
〈the+先行詞+関係詞節〉の〈
〉が新情報を表す。(「あれは…」と訳す) BThat’s
〈the+先行詞+関係詞節〉の〈
〉が旧情報を表す。(「あれが…」と訳す) CThat’s
〈a+先行詞+関係詞節〉の〈
〉が新情報を表す。(「あれは…」と訳す)は…」と訳す) この「は」と「が」の違いは決して小さくないのですが,多くの参考書はこの違いを軽視あるいは無視しています。 たとえば英文法詳解に He is the boy who showed me the way. という文があります。 その訳文は「彼が私に道を教えてくれた少年です」ですが,解説では「彼は私に道を教えた少年です」となっています。この文は(heが旧情報だから)Aのパターンであり,「彼は」と訳すべきでしょう。 一方,John is the boy who showed me the way. なら,「ジョンが(その)私に道を教えてくれた少年です」というBのパターンの意味にもなります。 このように先行詞の前の冠詞の選択および文の意味解釈は,一般に考えられているほど単純なものではない,というのが本稿のテーマです。 (3) X型(the+先行詞+関係詞節) 次の3つの形に分けて考えます。 ・X型=the+先行詞+関係詞節 ・Y型=a/an+先行詞+関係詞節 ・Z型=型=無冠詞の先行詞+関係詞節 ここではX型を説明します。この形は「1つに特定できるもの」を表しますが,情報構造の観点から少し深く考えてみました。 まず「X型には次の3種類がある」という仮説を立てます。 ・X1型=型=後方照応のthe+先行詞+関係詞節
※SKYWARDでは「予告のthe」 ・X2型=型=状況依存のthe+先行詞+関係詞節
※SKYWARDでは「指示のthe・状況のthe」 ・X3型=対比のthe+先行詞+関係詞節
※SKYWARDでは「対比のthe」 ※SKYWARDで言う「唯一のthe」を使った名詞の後ろに関係詞節を置くことはない。 X3型は(5)で取り上げます。ここではX1とX2の違いを考えていきます。 @Mitaka
is X1[the town I was born in].(三鷹は私が生まれた町だ) この文でtownの前にtheをつけたのは,後ろに修飾語(関係詞節)があるから(後方照応のthe)。(普通の解釈では)X1が新情報であり,この文は「三鷹はどういう町か」を説明しています。 AMitaka
is X2[the town I want to live in]. BMitaka
is Y[a town I want to live in]. この2文に対しては,次のような説明が考えられます。 「自分の住みたい町が1つだけならAを,そうでなければBを使う。」 しかし,この説明は本当に正しいのか? 上のX1・X2の区別で言うと,私はAをX2(状況依存のthe)だと考えます。この文では,たとえば「自分の住みたい町」が既に話題になっている。 だからAの適訳は「三鷹が[×三鷹は]私の住みたい町だ」という意味である(X2は旧情報,Mitakaが新情報)。 なぜなら,「三鷹は私の住みたい唯一の町だ[=私は三鷹に住みたい]」という内容を相手に伝えたければ,I
want to live in Mitaka. と言えば済むから。 A’
X2[The town I want to live in] is Mitaka. A=A’であり,A’も状況依存のtheです(後述するとおり,会話の切り出しでAやA’を使うのは不自然)。 @ではMitaka is a town I was born in. とは言わない(自分の生まれた町は1つしかないから)。したがって@で(aでなく)theを選択した理由は後ろの修飾語の意味であって,文脈ではない。 これが後方照応のtheです。ただしDEで見るとおり,@のtheが状況依存型になるケースもあります。 @の聞き手は,Mitaka is the townだけでは「どの町」であるかを特定できない。後ろのI was born inまでを聞いて初めて,1つの町に特定できる。 一方Aでは「住みたい町」が既に話題になっており,Mitaka
is the town. だけでもthe
town I want to live inの意味が想像できる。 C“What’s
wrong?” “I’ve deleted X2[the document we were working on].” これも状況依存のtheで,theは「君も知っている例の」という意味。どの文書を指すかが相手にわかっているという前提で話しているので,X2はthe
[that] documentだけでも通じる。 X2は,Aでは旧情報,Cでは新情報(その文書のことは初めて話題に出ているから)。X1は基本的に新情報です。 DThat’s
X1[the house I was born in]. 話し手が聞き手に1軒の家を指して「あれは私の生まれた家です」と言った場合,X1は新情報。 EMy
house was so small. This is X2[the house I was born in]. (私の家はとても小さかった。これが(その)私の生まれた家だ) 相手に写真を見せながらこう言った場合,(その家のことは既に話題に出ているから)[
]は旧情報。つまり,[
]はDではX1,EではX2です。 FX2[The book I borrowed from John] was interesting.(ジョンから借りた本は,とても面白かった) これは現代英文法講義の例文で,次の解説がついています。 【解説】(この文は)私がジョンから借りた本は1冊であり,しかも,その本がどんな本であるかを聞き手も知っている,と話し手が考えている場合に限って成立する文である。 つまり,Fのtheは「状況依存のthe」です。 以上の説明を前提として,次のテーマに進みます。それは X型を使った文を,新しい話題を提供する場面(たとえば会話の切り出し)で使えるか? という問題です。 GX2[The
book I borrowed from John] was interesting. この文の場合,話し手がジョンから本を借りたことを相手も知っている状況で,「ジョンから借りた(例の)本は面白かったよ」と会話を切り出すときに使うのは自然です。 では,GがX1(後方照応のthe)でない理由は何か?私はこう考えます。 Gのtheが後方照応なら,話し手がThe bookと言った時点では聞き手はどの本を指すのかわからない。 このあとのI
borrowed from Johnを聞いて初めて,「ああ,この人はジョンから本を借りたのだな」ということがわかる。 もしそうであるなら,the book I borrowed from Johnという意味のかたまりは,いわば「情報過多」である。 その内容を伝えたいなら,I
borrowed a book from John. It was interesting. と言う方がずっとわかりやすい。したがってGで(わざわざ)後方照応のtheを使うことはない。 比較して言えば,X1[The
town I was born in] is Mitaka. の場合,これをI
was born in a town. It is Mitaka. と言う必要はない(話し手がどこかの場所で生まれたことは自明だから)。だからこの文では後方照応のtheを使うことができる。 HX2[The
book I read yesterday] was interesting. この文は(Gと同様に)話し手がきのうその本を読んだことを相手が知っている状況でなければ使えない。しかし,そういう状況は限られている。だからHを会話の切り出しに使うことはまずない。 一方,たとえばAが毎週日曜日に読書会に参加することをBは知っている。月曜日に,BはAに「きのうも読書会に行ったの?」と尋ねる。 その返答としてAがHを使って「うん。きのう読んだ本は面白かったよ」と答えることはありうる。Hのtheが状況依存型だというのは,そういうことです。 IX2[The
fish (that) I ate yesterday] was really nice. (昨日食べた魚は本当においしかった)(Genius総合英語) これも同様。会話の切り出しにこの文を使うと,かなり唐突に響くでしょう。 Iは,たとえばThat restaurant serves good fish. のような先行文脈がある状況で使われる可能性が高い。その場合,the fishは「その店の魚」のような意味を表す(状況のthe)。 言い換えれば,I ate a fish yesterday. It was really nice. の意味でIを使うのは不自然である。 一方,The fish (that) we ate yesterday was really nice, wasn't it? は会話の切り出しに使える。 なぜなら相手もきのう話し手と一緒に魚を食べたのだから,the fishと言うだけでどの魚かが特定できるので。 Iは,一般には「話し手が昨日食べた魚は1つに特定できるからfishの前にtheをつける」と説明するでしょう。しかしそれだけでは十分な説明とは言えない。 「作文や会話の冒頭に(Iのような)状況依存のtheを含む文を使うのは避けること」という指導は必要だと思います。 JJohn
is X1[the student who applied to Waseda University]. (ジョンは早稲田大学に出願した(唯一の)生徒だ)(X1が新情報) KJohn
is X2[the student who applied to Waseda University]. (ジョンが(その)早稲田大学に出願した生徒だ)(Johnが新情報) Jは後方照応のthe,Kは状況依存のtheと解釈したもの。Jは新しい話題を提示する状況でも使える。Kは早稲田大学に出願した生徒のことが既に話題になっている状況で使う。 X型を使いこなすための1つの訓練としては,文章中のX型について「これは後方照応のtheだろうか?」と考えてみるのがよいかもしれません。 LX1[The river that flows through London] is called the Thames.(ロンドンを貫流する川はテムズ川と呼ばれる) 文章の冒頭にこの文が出てきた場合,このtheは後方照応です。しかし比率としては,おそらく「状況依存型のthe」の方が多いと思われます。
(4) Y型(a/an+先行詞+関係詞節) Y型は基本的に(相手の知らない)新情報を表します。ここでは,この形の先行詞が「複数のもののうちの1つ」を表すか?という点を考えます。 (2)で示したミントン先生の説明ではY型は「分類用法」であり,「複数ありうるもの」と定義されていました。ここがおかしい日本人の英文法には次の例と解説があります。 (A)
(a)This
is the house that Jack built. (b)This
is a house that Jack built. 【解説】ネイティブスピーカーなら(a)の文からすぐに,@ジャックはその生涯でただ1つの家を建て,これがその家である,または,Aいろいろな人が建てたある一群の家々の中で,この家だけがジャックの建てた家である,という意味だとわかります。 一方,(b)の文は,ジャックは2軒以上家を建てて,この家はそのうちの1軒にすぎないという意味です。 赤字に着目してください。この解説が正しいなら,(a)のthe houseはone of the housesの意味です。 (B) 一方,表現のための実践ロイヤル英文法には次の例と解説があります。 This morning I read a poem (which) Louise wrote last night.(私は今朝,ルイーズが昨夜書いた詩を1つ読んだ) 【解説】ここでのa poemのaは,単に「ある詩を1つ読んだ」ということを示しているだけで,実際にルイーズが昨夜いくつも詩を書いたのか,1つしか書かなかったのかは,特に示されていない。 もしいくつも書いたことが暗黙の前提なら,one of the poems (which) Louise wrote last nightと表現され,1つしか書かなかったことが暗黙の前提であれば,the poem (which) Louise wrote last nightと表現される。 この解説によると,a
poem=one
of the poemsでは必ずしもない。 一般には,(B)のような説明が普通です。Evergreen総合英語にも,次の例と解説があります。 I met an old man who was walking in the park.(公園を散歩している老人に会った) 【解説】このように不定冠詞を用いる場合は,「公園を散歩中の老人」というだけでは「1人」とは限らないことを表したり,「老人」の存在自体を聞き手がまったく意識していないだろうと話し手が判断していることを示す。 この説明でも,「公園を散歩していた老人」が1人だけだった可能性を排除していません。次の例も同様です。 @This
is the photo I took in TDL. AThis
is a photo I took in TDL. 話し手が撮った写真は,@では1枚だけ,Aでは1枚以上。可算名詞の単数形の前にはaかtheを置かねばならない。the photoは撮った写真が1枚だけだったという意味。 (論理的に言って)「1枚だけ」の逆は「1枚だけとは限らない」だから,a
photoはその意味を表す。―こう考えればよいでしょう。 なお,@は「これが[×これは]私がTDLで撮った写真です」の意味であり,the photo以下は前回説明したX2(状況依存型のthe)です。 言い換えれば,@はI
took a [one] photo in TDL. This is the photo. の意味ではないし,「TDLで撮った写真が1枚だけならAの代わりに@を使う」とも言えません。 BI
have a brother who works at a bank. 関係詞の制限用法・非制限用法の説明で,このタイプの文がよく使われます。いわく,Bでは話し手の兄弟は1人だけとは限らない。一方,whoの前にコンマがあれば,話し手の兄弟は1人だけである。 しかし,(A)のミントン先生の説明がもし正しいとすれば,Y型(a/an+先行詞+関係詞節)には次の2つの場合があることになります。 ・Y1型=先行詞は1つかもしれないし,複数あるうちの1つかもしれない。 ・Y2型=先行詞は「複数あるうちの1つ」である。 C“What’s
wrong?” “I’ve deleted X2[the document we were working on].” D“What’s
wrong?” “I’ve deleted Y2[a document we were working on].” 話し手たちが作業していた文書は,Cでは1つだけ。Dでは複数あったと考えるのが自然でしょう。 BI
have Y1[a brother who works at a bank]. しかしBでは,話し手の兄弟は1人であってもかまわない。つまり,Bの[ ]はY1,Dの[ ]はY2。 これは感覚の違いにすぎませんが,その違いはどこから生じるのか?私は次のように考えました。 aには次の2つの働きがある。 (1)新情報を提示する。 (2)「不特定の1つ」を表す。 (1)は(theとの対比で)単数形の可算名詞の前に機械的にaを加えるもので,数には意識が向いていない。(2)は「1つ」という数に意識が向いている。 Y1(a=1つまたは複数)は(1),Y2(a=複数のうちの1つ)は(2)の働きに関係している。 D“What’s
wrong?” “I’ve deleted Y2[a document we were working on].” この文のaは(2)の働きを強く持ち,「複数の文書のうちの不特定の1つ」の意味を表す。 Dのa documentは本質的には「一般にdocumentと呼ばれるもののうちの不特定の1つ」の意味であり,その背景には「documentと呼ばれるものは複数存在する」という前提がある。 そのことが,〈a
document+関係詞節〉を〈one
of the documents+関係詞節〉の意味に接近させる。 AThis
is Y[a photo I took in TDL]. 先の記述と矛盾するが,AのYには次の2つの可能性がある。 Y1:撮った写真は1枚かもしれない(aの働きは(1)であり,話し手は写真の数に関心がない) Y2:撮った写真は複数枚である(aの働きは(2)であり,「1つ」という数が意識されている) このようにY型(a/an+先行詞+関係詞節)は基本的にY1・Y2の2つの解釈を許すので,両者の違いを文の形だけで判断するのは難しい。 冒頭に書いたとおり,ミントン先生は「This
is a house that Jack built. という文はジャックが2軒以上の家を建てたことを意味する」と説明しているが, それは(the houseとの対比に焦点を当てた)Y2の解釈であり,「ジャックが建てた家は1軒かもしれない」というY1の解釈も可能ではないか。 一方,AのThis
is a photo I took in TDL.に対しては「東京ディズニーランドで1枚しか写真を撮らなかったということは常識的に考えにくい。 だからこの文はY2であり,a photo=one of the photosだ」と解釈しても間違いではない。 このようにY1とY2の境界線は明確に決められないけれど,Y型にはこの2つの「感覚の違い」があるということは知っておく方がよいと思います。 (5) Z型(無冠詞の先行詞+関係詞節) ここでは,X型(theあり)とZ型(無冠詞)の違いを考えます。Z型の先行詞は,可算名詞なら無冠詞複数形,不可算名詞なら無冠詞単数形です。 以下,Richard(SKYWARDのインフォーマントのイギリス人)へのいくつかの質問への回答を添えて説明します。 @I
like Z[hamburger steaks my mother makes]. AI
like X2[the hamburger steaks my mother makes]. Richard:どちらも正しいが(ZもXも新情報),実際の使用場面を考えるとBの方が自然。 たとえばMy
mother is a good cook. I like My
mother is a good cook. I like the hamburger steaks she makes.
のように。
※この場合のtheは状況依存のthe(SKYWARDでは「指示のthe」)。 さらに,次のBも正しい文です(Richardに確認済み)。 BI
like X3[the hamburger steak my mother makes]. この文のthe hamburger steakは特定の1個のハンバーグを指すのではなく,このtheが対比のtheです。 つまり,別の食品との対比を意識した「あなたもご存じの,あの(母親の作った)ハンバーグという食べ物」というニュアンスです。ここにX型とZ型の違いを理解する鍵があります。 現代英文法講義には次の例と解説があります。 (a) literature that deals with our inner life (b) the literature that deals with our inner life 【解説】(a)(b)は,日本語ではともに「人間の内面生活を扱う文学」となるが,(a)の無冠詞は,その種の文学を一般的・総称的な表現としてとらえているので[-def]であるのに対して, (b)にtheが付いているのは,いま問題にしている,その種の特定の文学を考えているからである。 この説明によれば,「先行詞+関係詞節」が一般的なものならZ型を,文脈から特定できるものならX型を使うことがわかります。 私は後者(文脈依存)の概念を拡張して,X型(theあり)・Z型(無冠詞)の両方の形が可能な場合にどちらを選ぶかの基準を次のように考えました。 (1)抽象性が強いものはZ型,具体性が強いものはX型を使う。 (2)「具体性が強い」とは,「聞き手は自分と同じもの[イメージ]を思い浮かべるはずだ」と話し手が考えているということ。この場合は状況依存または対比のtheを使ってX2・X3型にする。 ただし,以下に説明するとおり,X1・X2・X3型の境界線は必ずしも明確ではありません。 Bで対比のtheを使うのは,ハンバーグというもの(あるいは「母親の作るハンバーグ」)を食べた経験が相手にもあるはずだ,と話し手が考えているから。 AI
like X2[the hamburger steaks my mother makes]. この文は,先行文脈がなければX3(対比のthe)とも考えられます。 CNothing
remains so vividly in your mind as X3[the impressions you receive as a child]. DNothing
remains so vividly in your mind as X3/Z[(the) happy memories formed in your
youth]. Richard:Cは対比のtheをつけるのが自然。Dのtheはoptional。C(子どもの頃に受ける印象)とD(若い頃に形成される幸福な記憶)を比べた場合, Cは相手もその経験を共有しているはず(つまり具体性が高い)。Dはそうとは限らないから無冠詞でも可。 ※これは[
]の意味内容における抽象度の違い(上記(2))であり,後置修飾語句の有無とは無関係です。 ESometimes,
teenagers who enjoy playing video games seem likely to attempt X2/X3[the tricks that
they see]. (2007センター本試) 「特定のtricks(既に話題に出ているvideo gameの中の技)だから状況依存のtheをつける」という説明も可能(X2型)。 ただ,その説明だと「theを省いたら間違いなのか?」という疑問に答えられません。X3の解釈については下の説明を参照。 例をもう1つ。次の日本文中の[
]を英訳する場合,rice
balls(おにぎり)にtheをつけますか?それとも無冠詞にしますか? 「お茶系飲料の人気の理由の1つは,[コンビニで買うおにぎり]と一緒に甘くない緑茶飲料を飲むのが好きな人が多いということかもしれない。」 これはセンター試験(2007)からの引用で,原文ではX型(theあり)が使われています。 FOne
of the reasons for the popularity of tea-based drinks might be that many people
like to have a non-sweetened green tea drink with X3[the rice balls that they buy
at convenience stores]. Fの[ ]は先行文脈とは無関係だから,対比のtheと考えられる。Eのtheも「聞き手も経験したことがあるはずの具体的なもの」と考えれば対比のtheの解釈も可能。 つまり話し手は,「ビデオゲームの中の技」や「コンビニのおにぎり」を相手も知っているはずだと考えている。だから「例のあれですよ」という感覚でtheをつけている。 GI
teach English to Z[students who are going to study in America].(英語のハノン上級-p.21) HX1/X3[The
people who watch a sporting event without taking part] are called (
). (1996センター:正解はspectators) Gはstudents(無冠詞),Hではthe
people。この違いはどこにあるのか? Gの「アメリカに留学する予定の学生たち」は,話し手と聞き手との間で共有された経験ではない(聞き手は[ ]を知っているとは限らない)。 つまり,[
]は純然たる新情報である。だから,a
student(単数形で新情報を表す形)を複数形にしてstudentsを使う。 Hのtheは後方照応(X1型)とも考えられる。しかしそれだと「theを省いても正しい文なのに,なぜtheがついているのか?」という疑問に答えられない。 これを対比のtheと考えれば,ここにtheがある理由を説明できる。 つまりこのtheは,「参加せずにスポーツイベントを見る(人々)」というものを聞き手も知っているはずだ,と話し手は考えているからである。 単純化して言えば, ★新情報に「例の」という言葉を補っても違和感がなければ対比のtheをつけ,そうでなければ無冠詞にする。 G私は[例のアメリカに留学する予定の学生たち]を教えている。(旧情報) H[例の参加せずにスポーツイベントを見る人々]は「観衆」と呼ばれる。(新情報) Hは「(あなたも知っている)例の」を加えても違和感がないから,対比のtheを使って新情報を表すことができる。 一方Gで「例の」を加えると,その(特定の)学生たちの存在を聞き手が知っていることになる。その場合はI
teach X[the students ...] を使う(Xは旧情報)。別の言葉で言えば, Gはtheの有無によって意味が変わるが,Hはtheがあってもなくても文の意味に大差はない。 なお,上記の★の目安に従えば,前述のこの文のtheも対比のtheと考える余地があります。 X1[The river that flows through London] is called the Thames.(ロンドンを貫流する川はテムズ川と呼ばれる) X3[The river that flows through London] is called the Thames.(例のロンドンを貫流する川はテムズ川と呼ばれる) このようにX型のtheの働きは,必ずしも明確に区別できるわけではありません。
最後に整理します。 先行詞の前の冠詞の選択は,基本的には「@特定のものか不特定のものか」+「A新情報か旧情報か」という2つのファクターによって決まります。 @に関しては,「聞き手が1つに特定できるもの」にはtheをつけるわけですが,そのtheには「後方照応」「状況依存」「対比」の3種類があります。 情報構造との関係で言えば,こうなります。 ・後方照応のthe(X1型)・対比のthe(X3型)は,新情報を表す。 ・状況依存のthe(X2型)は,新情報または旧情報を表す。 そして先行詞の前に置くtheがoptionalである場合,抽象度の高いものはZ型(無冠詞)を,具体的(specific)なものはX型(theあり)を使います。 話し手が「ほら,例のあれですよ,あなたにもわかるでしょ」という意識を持っているときは(新情報であっても)X3型(対比のthe)を使う。 これが,Z型とX型を使い分けるポイントだと思います。 |
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