英語の辞書(主に単語の意味を調べるときに使うもの)にはいくつかのタイプがあります。
主なものは次の3つでしょう。
(A) 紙の辞書 (B)
オンライン辞書 (C)電子辞書(携帯用)
これらにはそれぞれ特徴と長所がありますが,学校では「紙の辞書を使いなさい」と
指導する教師が多いようです。それにはいくつかの理由があると思われます。たとえば,
・紙の辞書には単語の意味以外の情報(語法の説明など)も書いてある。
・紙の辞書しか持っていない生徒もいる。
・電子辞書やオンライン辞書を使い続けるのは目に悪い。
・紙の辞書をひく習慣をつけさせたい(自分もそのようにして勉強してきたから)。
もっとも学校で最近使われる教材(たとえば長文問題集)の多くは,冊子の中に単語の
注記を載せており,学習者が辞書をひく労力が少なくて済むよう工夫されています。
しかし自分で選んだ英文(たとえば英字新聞)を読む際には,どうしても英和辞典的な
ものが必要です。その際に何を使うのがベターかと言えば,私のお勧めは,第1に
オンライン辞書,第2に電子辞書です。紙の辞書は勧めません。
オンライン辞書にもいろいろな種類がありますが,私は普段の仕事ではもっぱら
英辞郎を使っています。アルクのトップページに入っています。
http://www.alc.co.jp/
この辞書は,世間でよく言われているとおり,信憑性の面では紙の辞書に劣ります。
「間違った英語」も混じっていると言う人もいますが,私は基本的に気にしません。
「正しい英語」の線引きの判断は人によって違います。一例を挙げてみましょう。
Internet technology has made great progress in the last decade.
インターネット技術はこの10年で大きく進歩しました。
これは英辞郎に載っている例文ですが,この文を認めないネイティブもいます。
その立場は「make progress
の主語は人間でなければならない」というものです。
確かにどの辞書の例文も make progress(進歩する)の主語は人間になっている
ようですが,英英辞典には「make progress
は人間の進歩を表す」というような定義は
ありません。未確認ですが,上の文を許容するネイティブもいると思います。
私の経験からもネイティブの意見は非常にまちまちであり,総じて言えばわれわれが
「間違いだ」と思っている形も「使える」という判断をする人が多いように思います。
少なくとも意味を誤解されることがなければ,実用上は文法・語法上の正誤の判断
基準を緩めても問題ないでしょう。
なお,電子辞書は最近ではスマートフォンや携帯電話に搭載されているので,
机の上以外で英文を読みたいときはこれが一番便利です。
次に,紙の辞書について考えてみます。これは3つの種類に大別できます。
@
専門家向けの辞書(例:ジーニアス英和辞典)
A
学習者向けの辞書(例:プラクティカルジーニアス英和辞典)
B
英英辞典(基本的に学習者向け)(例:OALD)
私の感想を言えば,多くの学習者は辞書の選択を間違えています。
結論を言えば,学生や一般人は@でなくABを使う方がベターだと思います。
私は大修館(「ジーニアス」の出版元)の専門誌「英語教育」でも連載しているので
営業妨害になってはいけないのですが,「ジーニアス」およびそれに類する辞書は,
大半の学習者にとっては「必要以上の情報」が入っているように思われます。
ただし,英語で飯を食っている人にとっては「ジーニアス」は必須の辞書です。
英語教師や英語の本の編集者は,この辞書を持っていなければ仕事になりません。
一方,一般の学習者は,ジーニアスよりも情報量の少ない「ベーシックジーニアス」や
「プラクティカルジーニアス」の方が適していると思います。日常的な英語の知識は
これらの中にもすべて入っています。逆に言えば,「ジーニアス」には非日常的な
知識も入っているということです。
英英辞典は「使ったことがない」という人も多いでしょうが,実は英英辞典の方が
和英辞典よりも実用的です。入手しやすい代表的な辞書を2つ挙げておきます。
・OALD(Oxford Advanced Learner's English)
・LDOCE(Longman Dictionary of Contemporary
English)
これらを含む一般の英英辞典では,コーパス(言語情報を集めたデータベース)中で
頻度の高い意味だけを載せています。英英辞典に載っていない意味は,現代英語では
まず使用されないと考えていいでしょう。
ところが@タイプの英和辞典には,英英辞典に載っていないことまで書いてあります。
1つ例を挙げてみます。次の問いは,大学入試問題からの抜粋です。
(問) 空所に入る適切な語句を1つ選べ。
The five new employees are all of (
).
@ aged A an age B ages
C the ages
文意は「5人の新入社員はみんな同い年だ」。「a[an]がthe same(同じ)の意味を表す
ことがある」という説明が,時々文法書の冠詞の項に載っています。その例として決まって
出てくるのが,of an age(同い年だ)という表現です。しかし,a[an]のこの意味は,OALDや
LDOCEなどの英英辞典には載っていません。現代英語ではもはや廃れた用法と言って
いいでしょう。しかし,日本の英和辞典では,a
をひくと一番最後の方にこの意味が載って
います(「ベーシックジーニアス」さえこれを載せているのは感心しません)。
実用的にも,「彼らは同い年だ」はThey are the same age. と言えばよく,a[an]のこんな
用法は覚える価値がありません。
そういう意味では,英単語の実際によく使われる意味を調べるためには,英英辞典が
ベストだと言うこともできます。全部英語で書かれているのでは敷居が高いというのなら,
LDOCEをベースとした日本語バージョンの辞書「ロングマン英和辞典」がお勧めです。
それでは,なぜ日本の英和辞典は「a[an]が『同じ』の意味で使われることがある」という
ような,実用上は不必要と思われる知識まで載せているのでしょうか。その主な理由は
(私の勝手な推測ですが),日本の英語教育全体が一つの「外界から隔離された小宇宙」
であり,その中でお互いが(ある意味で足を引っ張り合って)バランスを取ろうとする心理が
働いているからではないでしょうか。ガラパゴス化した文法知識が参考書から消えずに残り,
それが辞書の記述にも影響し,そうしたソースで勉強した大学教授たちが化石のような
入試問題を再生産し,結果的に学生が無意味な学習を強いられる,という構図です。
これについては,後で改めて言及したいと思います。
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