2013/5/12 up

大人の英文法−コラム(3) アトラス総合英語・こぼれ話@ 

 

アマゾンで「アトラス総合英語」の書評を見ると,2013年5月の時点で7件のコメントがあります。

私はあまり自著の書評は見ないのですが,多くの方に本が読まれているのは嬉しいことです。

アトラスについてはおおむね高い評価をいただいていますが,5段階評価で「2」をつけている

方が1人おられます。その方のコメントに対して,この場で客観的な事実と著者の考えを

説明しておきたいと思います。

 

その方のコメントには,「中国・韓国に関する例文の数が多すぎる」という趣旨のことが書かれて

います。執筆時にはそのような意識は全くなく,固有名詞に関してはできるだけいろんな地域を

取り混ぜるつもりで例文などを書いていました。念のため,本全体を通じてどんな国が多く文中

に出てくるかを手作業でカウントしてみました。基準は次のとおりです。

・文中に出てくる語のみをカウントする。表やリスト中に出てくるものは数えない。

・章末の長文はカウントの対象としない。(同じ国名が繰り返し出てくるので)

・国名には言語名や形容詞を含む(例:Frenchは「フランス」とカウント)。

・都市名はその都市が存在する国名に含める(例:Londonは「イギリス」とカウント)

・1つの文中に2回以上同じ国名(およびその形容詞など)が出てきたときは1件とカウント。

  (例: People speak French in France. なら「フランス=1件」と数える)

結果は次のとおりです。(件数の多い順)

アメリカ(16),イギリス(11),カナダ(11),中国(10),フランス(8),

イタリア(7),ドイツ(7),韓国(6),オーストラリア(5),インド(4),

スペイン(4),アイルランド/ギリシャ/タイ/ニュージーランド/ロシア(各2)

イスラエル/エジプト/オランダ/シンガポール/スイス/フィンランド/ブラジル/

ベトナム/ポルトガル/マレーシア(各1)

この結果からもわかるとおり,少なくとも執筆時に中国・韓国を「ひいき」しようという

意図は全くなかったことをお断りしておきます。

 

たとえば次の文ですが…

・I'm interested in Korean culture, especially K-pop.

 (私は韓国の文化,特にKポップに興味がある)(p.438)

コメントを書かれた方は,こうした文を「英語圏では使わない」と言っておられます。

ここでは,「英語は何のために学ぶのか?」という点が問題になるだろうと思います。

私の見解は次のとおりです。

 

一般に英語学習は,次の4つの技能の習得を目指すものとされています。

(A) 英語を理解する(インプットの)能力=読む力・聞く力

(B) 英語で自分の考えを伝える(アウトプットの)能力=書く力・話す力

そして今日の英語学習では,(B)の力を伸ばすことがより重要だという流れになっています。

具体的には,高校で2013年度から導入された新学習指導要領では,「英語表現」という新しい

科目が加わっています。文部科学省の説明はかなり抽象的なのですが,ざっくり言えばこの

科目は「英語で自分の考えを伝える」つまりアウトプットの力をつけることを目的としています。

また,今年に入って橋下徹大阪市長が「学校の英語は実用の役に立たない。自分は中学から

10年間も英語を勉強したのに,日常会話もできない」という趣旨の発言をして注目されました。

これも「英語は使えなければダメだ」という世間一般の英語教育批判を反映したものです。

 

では,英語は話せさえすればいいのでしょうか?もちろんそうではありません。

仕事で英語を使う場合でも,外国から届いた契約書の文面が読めなければ困るでしょうし,

インターネットなどで外国のサイトを閲覧する場合も「読む力」は必要です。

ここで,多くの人々があまり意識していない重要な事実があります。それは,

 

英語を「読む」ための知識と「話す」ための知識との間には,

大きな違いがある

 

ということです。

 

たとえば「強調構文」という学習項目があります。

・It was in London that I met him. (私が彼に会ったのはロンドンだ)

従来の学校英語では,「こういう形がある」ということしか教えてきませんでした。

では,この文は実際のコミュニケーションの中でどう使われるのでしょうか。

荒っぽく言えば,会話で強調構文を使うケースはあまりないと思います。

この場合なら I met him in London. と言えば済むからです(in Londonが新情報)。

しかし強調構文という表現形式を知らなくてもいいかと言えば,そうはいきません。

書き言葉ではしばしば使われるからです。つまりこの学習項目は,主に「読むために

必要な知識」であり,この形を知らなくても会話では困らないと言えます。

では,先ほどの例文に戻りましょう。

・I'm interested in Korean culture, especially K-pop.

 (私は韓国の文化,特にKポップに興味がある)(p.438)

あるいは,アマゾンでアトラスに「2」をつけた方は,次の例文も問題視しておられます。

・ "I'm from Miyakojima." "You're from where?"

(「私は宮古島の出身です」「どこの出身ですって?」)

 ※この例文は,第2文の「聞き返し疑問文」を説明するためのものです。

この方は「私は宮古島の出身です」という文は英語圏では使わないから不適切だ,と

いう趣旨の指摘をしておられます。これに対して筆者からの見解を述べます。

 

上記のとおり,英語の知識は「インプット(読む・聞く)に必要なもの」と「アウトプット

(書く・話す)に必要なもの」とに大別できます。上に挙げた2つの例文は,後者の学習の

素材として想定したものです。日本人が自分の言いたいことを英語で表現したいとき,

「私は韓国の文化に興味がある」とか「私は宮古島の出身だ」と外国の人に対して言う

状況は普通にありそうです。だから,これらの和文と英文を並べて示すことに意味は

あります(アウトプットの学習という観点から)。

 

一般に語学の学習は,まず相手の言いたいことを理解し,次に自分の言いたいことを

伝えるための力の習得を目指します。それがコミュニケーションの能力だからです。

アトラスの例文(特にターゲット例文)は,基本的には「英文を自分で作れるようになる

ことを目指すものであり,語彙レベルを下げ,文の長さもできるだけ短くしています。

ターゲット例文を全部暗記しろとは言いませんが,ターゲット例文の和文を見て英語が

瞬時に頭に浮かぶようになれば,話す力の習得に大いに役立つはずです。

 


 

過日,アトラスを採用していただいているある高校の先生から,編集部を通じてある質問を

を受けました。「時や条件を表す節中で未来の意味を表す現在形」に関するものです。

このルールは時制のところで言及すべきでしたが漏れていたので,ここで説明しておきます。

アトラス p.52〜53では,次の例文と説明を示しています。

・I'll call you when I get to the airport.

(空港に着いたらあなたに電話します)

 ※〈時〉や〈条件〉を表す接続詞の後ろでは,未来の内容を現在形で表す。

この例で言うと,下線部の get が will get にはならないことがポイントです。話し手はまだ

空港に着いていないのだから,get to(〜に着く)という行為は未来のことがらですが,

will は使えません(現在形の get を使います)。これは中学でも学習する知識です。

高校の先生からの指摘は,上のピンク文字の説明中で「副詞節と名詞節の違い」に

触れなくていいのか?というものでした。

話が見えない方のために説明しておきます。学校英語ではしばしば,次のようなルールを

教えています。

(1)時や条件を表す副詞節中では,未来のことも現在形で表す。

(2)ただし when と if は名詞節を作ることがあり,その節中では未来のことには will を使う。

時を表す副詞節を作る接続詞には,when のほかに before, after, until, as soon as などがあります。

条件を表す副詞節を作る接続詞には,if のほかに unless, in case などがあります。

これらの後ろでは,未来のことも現在形で表します。

(a) I'll call you when he comes [×will come]. 

(彼が来たらあなたに電話します) ※ when he comes は副詞節。

(b) If it rains [×will rain] tomorrow, I won't go out. 

(もし明日雨が降れば,私は外出しない) ※ if it rains は副詞節。

一方,次の例では when,if の後ろで will が使われています。

(c) I don't know when he will come

(彼がいつ来るか私は知らない) ※ when he will come は名詞節。

(d) I'm not sure if it will rain tomorrow. 

(明日雨が降るかどうかよくわからない) ※ if it will rain は名詞節。

 

しかしアトラスでは,このような「副詞節か名詞節か」の違いによる識別方法を採用しませんでした。

アトラス(p.52)で示したルールをもう一度見てみましょう。

〈時〉や〈条件〉を表す接続詞の後ろでは,未来の内容を現在形で表す。

このルールには,例外はありません

【参考】厳密には if には例外がありますが,一般の学習者はそこまで知らなくていいと思います。

(c)の when は接続詞ではなく疑問副詞です(When will he come? を間接疑問にした形)。

したがって上のピンク文字のルールが適用されません。また(d)の if は「〜かどうか」の

意味ですから,〈条件〉(もし〜なら)を表してはいません。だから同様に上のルールが適用

されません。

要するに,文の意味がわかりさえすれば,「will を使ってもいいか,使ってはいけないか」の

判断はできるわけです。「〜するとき」の意味の when,「もし〜なら」の意味の if の後ろでは

will は使えません。名詞節・副詞節の違いによる識別も,文の意味がわからなければ

when・if 以下が名詞節なのか副詞節なのかは判断できないわけですから,上の下線の

ように覚えておく方がシンプルです。

 

ところで,ここでもまた「何のために英語を学ぶのか」という視座が必要だと私は思います。

「時や条件を表す接続詞の後ろでは will は使えない」というルールは,アウトプット専用の

知識だと言えます。ネイティブは I'll call you when he will come. のような誤った文を決して

作らないので,読んだり聞いたりするときにこの種の文に触れることはありません。

では,たとえば「彼が来たらあなたに電話します」という文を口に出そうとする人が,

「この文の when 以下は名詞節だろうか?副詞節だろうか?」などと考えるでしょうか?

そんなことはあり得ません。文法を習っていなくても,英語圏で生活して正しく英語を

使えるようになった人は,「〜するとき」の意味の when の後ろでは will は使わないと

いうルールを経験の中で身につけます。それを一般の日本人の英語学習に置き換えて

言えば,およそ次のようになるでしょう。

「彼が来たらあなたに電話します」

→  この内容を英語で表現したい。

→  I'll call you when he ( comes / will come ). というところまではわかる。

→ でも,comes と will come のどちらを使えばいいのだろう?

→ 学校で習った文法のルールによれば,comes が正解だ。

こういう思考プロセスの中でこの学習項目に関するルールを身につけようとするとき,

どんな形でそのルールを提示するのがわかりやすいか?ということです。

名詞節・副詞節の違いという説明には,「文法問題を解くためのテクニック」のような

響きがあります。これは私の持論としていろんなところで語っていることですが,

「英語の4技能を習得するための文法学習」と「入試の文法問題を解くための学習」

とは全くの別物です。学習者も指導者も,「この知識は英語を使う上でどんな役に

立つのだろうか」という意識を常に持ってもらいたいと思います。

 

このテーマに関して,2つの点を補足しておきます。

まず,次の文を見てください。

(c) I don't know when he will come. / I don't know when he comes

(彼がいつ来るか私は知らない) 

この文では,will come も comes(現在形)もどちらも使えます。ただし意味が違います。

未来に向けての推測を表すのなら will come を使いますが,comes を使うと「彼が来る

期日[時刻]は確定しているのだが,私はその期日[時刻]を知らない」という意味に

なります。現在形はカレンダーなどで確定した未来の予定を表すことができるので,

「彼はいつ来る(ことになっている)のですか」は When does he come? と表現できます。

それを間接疑問にすれば,I don't know when he comes. という文ができます。

文法のドリルなどで「この文のwhen 以下は名詞節だから,未来のことは will を

使って表さねばならない」という説明が時に聞かれますが,それは誤りです。

 

第2に(こちらの方がより重要ですが),そもそも「時や条件を表す接続詞」の後ろでは,

なぜ未来のことを表すのに現在形を使うのでしょうか。これにはいつかの説明が可能

ですが,オーソドックスに言えば次のようになるでしょう。

昔の英語では,時や条件を表す接続詞の後ろでは,動詞の原形(仮定法現在)が

使われていました。たとえば(a)は,古い英語なら I'll call you when he come. と言って

いたことになります。それはなぜかと言えば,(おそらく)その節の意味から考えて,

話し手は「時間の流れ」を意識していなかったからでしょう。たとえば「もし明日雨が

降れば」というのは話し手の想像の中の出来事であり,現実の時間の流れの中に

位置してはいません。同様に  I'll call you when he come. でも,下線部は「彼が

この先に(もし)来たらそのときに」と考えれば,「仮定」の含みがあると言えます。

after,before,as soon as などに続く未来の内容も同様です。このような場合に will を

使うのは心理的に抵抗があります。なぜなら will は話し手の判断を表す法助動詞で

あり,when [if] he will come だと「もし彼が来るだろうとき[なら]」という不自然な意味に

なってしまうからです。別の例で考えてみましょう。

・I'll finish this work before you come [×will come] back.

(あなたが帰ってくる前にこの仕事を終えます)

この場合も,before(時を表す接続詞)の後ろで will は使いません。これは,この文の

話し手が「あなたが帰ってくる」という未来のことがらがどの程度の確率で起こるかに

対して関心がないからだと説明できます。そこに意識があれば,come back の前に

will(〜だろう)やmay(〜かもしれない)などの推量[確信の度合い]を表す助動詞を

置きますが,この文では「あなたが帰ってくる時点」を基準時として設定するという

意識があり,時間の流れや起こる可能性に対する関心がないので(つまりどんな

時制や助動詞を使ったらよいか判断に迷うので),昔の英語では常に動詞の原形を

使っていたのです。それが時を経るうちに現在形に取って代わられた,というのが

歴史的な経緯です。

 

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