最近,日本の英語教育にとって大きな2つのニュースがありました。
1つは,政府の教育再生実行会議がセンター試験を達成度テストに切り替えるという
方向で調整に入ったというニュース。もう1つは,小学校の英語の授業時間を大幅が
増えそうだというニュースです。今回は,1つ目のニュースについて私見を述べます。
(小学校で英語の時間を増やすことについては,大筋で賛成です)
新聞報道によれば,新しい「達成度テスト」とは次のようなものです。
@高校生に対して「基礎」と「発展」の2種類のテストを実施する。
A「基礎」は学習の到達度を測るもので,入試に直結しない(推薦入試やAO入試の
参考資料とすることはできる)。全員参加ではないが,なるべく多くの高校生が参加
する方法を検討する。
B「発展」はセンター試験に代わるもので,1点刻みではなく一定幅の段階評価とする。
1人の生徒が複数回受験できることを目指す。
C大学ごとの2次試験では,面接や論文を重視するよう大学側に求める。
Dこれらのテストの導入時期は未定。
皆さんは,このテストの構想をどう思われるでしょうか。
「方向はいいんじゃないか」と思われる方も多いかもしれません。
しかし,私を含めて「英語教育村」の住人たちは,たぶん全員同じことを考えています。
それを一言で表すなら,「百害あって一利なし」です。
新しいテストを議論した人々や文部官僚の間に渦巻く思惑に焦点を当てて陰謀論的な
解釈をすることもできますが,それはここではやめておきます。
以下は,もしこのテストが実施されたらどんな事態が起きるかを,私なりに推測したものです。
拙著「英語教育村の真実」にも書きましたが,文部科学省がどんなテストを作ろうと,
それが大学受験生の学力判定のための「唯一のテスト」になることは絶対にありません。
その理由をかいつまんで言えば,私立大学は「自前の入試」を実施する必要があるからです。
目的は,受験料収入です。現在でもいわゆる「センター利用」という方式がありますが,志願者
全員の合否をセンター試験の成績だけで決める私立大学は1つもありません。それをやると
受験料収入が減ってしまい,大学の財務に悪影響を与えます。同時に,文部科学省が私大に
強い指導を行い,(韓国のように)すべての入試問題を国が実施するテストに統合する,という
改革を行うことも絶対に不可能です。なぜなら大学は文部官僚の重要な天下り先であり,
私立大学がいやがること(=自前のテストが国のテストに統合されて受験料収入が減ること)を
強要するのは無理です。文部科学省と私立大学は,利権を分け合う関係にあります。
以上のことを前提にして,高校生が大学受験に備えてどんな学習をしなければならないかを
まとめると,次のようになります。
@新しい「基礎」テストの対策学習は不要です。(一般入試の判定材料として使われないから)
※そもそも,このテストを生徒に受験させようとする高校教員はまずいないでしょう。
偏差値の低い大学は実質フリーパスなので,基礎学力の保証は必要ありません。
A新しい「発展」テストの対策学習は必要です。これが従来の「センター試験の対策学習」に
相当します。現行のセンター試験(英語)は筆記とリスニングのみですが,新テストでこれに
たとえば「スピーキング」が加わった場合,その対策学習が余分に必要になります。
B各大学の2次試験は従来どおり実施されるので,その対策は今までどおり必要です。
要するに,高校生の負担は,増えることはあっても減ることはない,ということです。
最初に「百害あって一利なし」と結論付けた1つの理由はその点にあります。
ここで,1つの疑問を持つ方がおられるかもしれません。
新しいテストの説明の中に,次の点が挙げられています。
C大学ごとの2次試験では,面接や論文を重視するよう大学側に求める。
これが実現すれば,受験対策学習の負担が減るのではないか?と思った方もおられる
はずです。
しかし,この構想はまさしく「絵に描いた餅」であり,こんなことが実現できると考えている
業界の人間は(文部官僚も含めて)たぶん一人もいません。
国公立大(現在は独立行政法人)は文部科学省の指導がしやすいのではないか?と
思われるかもしれませんが,たとえば東大の入試が面接と論文だけになるような事態が
起こるとは到底思えません。理由は説明するまでもないでしょう。私立大学については
上に述べたとおり文部科学省の官僚たちの天下り先ですから,あれこれ注文をつけて
機嫌を損ねるようなことはしないでしょう。つまり,各大学で現在行われている入試は
おそらくそのまま残ります。当然,悪い意味での「受験英語」も生き残り続けるでしょう。
さらに話を進めて,何かのきっかけで大学入試が劇的に改革され,「達成度テスト+
各大学の小論文・面接試験」だけになったと仮定してみましょう。そうすると,どんな
ことが起きるか?これを想像してみるのも面白いかもしれません。
結論を言います。この状況下での最大の被害者は,大学の教員たちです。
各大学の面接試験では,当然教員たちが面接官になるでしょう。彼らを「騙す」ことは,
オレオレ詐欺で老人を騙すよりもはるかに簡単です。
以下は,ある大学の法学部の面接のシミュレーションです。
面接官「君がこの大学・学部を志望した動機を言ってください」
受験生A「私は中学生の頃に新聞で女性の人権問題に関する記事を読み,法律に
興味を持ちました。それ以後はそのテーマについて自分で勉強して,将来は
法律家になって,この問題の解決に貢献したいと思っています」
ちなみに,この受験生が言っていることはウソです。彼は高校3年生のとき予備校の
夏期講習に行き,面接のノウハウを教えてくれるプロ教師からこう教えられました。
「大学の教員なんて奴らは狭い世界の中で生きているから,世間の常識なんか
ろくに持っちゃいない。彼らが面接官になったら,どんな学生を取りたいと思う?
答えは1つ。自分と同じような『専門バカ』だ。彼らを欺くには,君も専門バカのふりを
すればいい。もし君がある大学の法学部・経済学部・文学部の3つを受験したければ,
法律・経済・文学のそれぞれについて,何でもいいから1つのテーマを選んで勉強して
おきなさい。ウィキペディアで調べれば,1週間もあればそれなりの知識は身につく。
面接のときは,さも自分がその分野のオタクであるかのように語ってやれば,
大学教員は『この子はオレの仲間だ』と思って高い評価をしてくれるに違いない」
A君にありがたい助言をしてくれたこの予備校講師は,某大手企業の人事部長でした。
教科の学力よりも面接が重視されるようになった今,予備校は面接のプロを高額な
報酬で各分野から引き抜き,受験生に高度な面接テクニックを教えているのです。
A君は講師の助言を忠実に守りましたが,それはA君だけではありませんでした。
ほとんどの受験生たちが面接官(大学教員)の前でA君と同じようなことを言った
ために,気の毒な面接官は,誰を選んだらいいか途方に暮れてしまいましたとさ。
ネガティブなことばかり書いてしまいましたが,少なくともこれだけは言えます。
日本の英語教育に最も悪影響を与えているのは,ダメな英語教師たちです。
私自身も昔はそうだったので偉そうなことは言えませんし,特に中学や高校の
教員が忙しすぎて自己研修の時間も取れないことはよく知っています。
ただし彼らはどちらかと言えば「川下」に位置しており,川上の水がきれいに
なれば,その影響で中学・高校の英語教育も改善されるはずです。
「川上」に位置するのは,私立大学・私立高校の入試問題を作る人々です。
この人たちの意識と英語の運用能力が向上しない限り,日本の英語教育に
未来はありません。入試問題の作成者は,自分たちが作る問題の質が日本人
全体の英語力の質に大きな影響を与えているという事実を,もっと真剣に考える
べきです。それができない人には,入試問題を作る資格はありません。
「大人の英文法」のトップへ