◆ speak ill of について
5月号で次の問いを取り上げました(英文を完成する問題)。
彼が人の悪口を言っているのを私は一度も聞いたことがない。
Never
(
) of other people.
この問いの想定された正解(have I heard him speaking ill)に対して「speak ill ofは日常的には
まず使わない」という趣旨の説明をしたところ,読者の方から「コーパスにはspeak ill ofの例が
多く見られる」という指摘がありました。これに関して,以下に何点か補足します。
連載の記事の中で最も言いたかったのは,「〜の悪口を言う」の英訳として学習者が
speak ill of
を真っ先に思い浮かべるような指導や,それを助長するような入試問題を出すのは
好ましくない,ということです。その証拠に,たとえばジーニアス和英の「わるくち」の項目には,
「陰で人の悪口を言うな Don't say bad things about others behind their backs.」という例文が
ありますが,speak ill ofというフレーズは出てきません。他の多くの和英辞典でも,speak ill of
には
「書き言葉」などの注釈がついています。上の入試問題の和文は日常的な会話の一部と考える
のが自然なので,この文でspeak ill ofを使うのはtoo formalに感じられます。
「これでいいのか大学入試英語」(大修館・河上道生ほか)のp.23にも,「One shouldn't speak ill
of the dead. のような特定の決まり文句では適切かもしれない。しかし,たとえば,日常的な会話で
Don't speak ill of me.
と言うと馬鹿馬鹿しいほど場違いに聞こえる」と書かれています。
この記述の正当性は,OALDなど英英辞典の多くがspeak ill of the deadという決まり文句を含む
例文を挙げていることからも裏付けられます。コーパスにsay bad things aboutなどの例が少ない
のは,コーパスは書き言葉のデータが中心だからでしょう。コーパスで検索できるspeak ill ofの
大半は,フォーマルな書き言葉の文体の中で使われています。
◆ A as well as B について
6月号で次の問いを取り上げました(空所補充問題)。
Tom as well as I ( ) ignorant of the matter.
@ am A is B are C be
連載の記事を書く前に2人のネイティブにこの問いを解いてもらいましたが,どちらもBを
選びました。この記事に関して,ある読者の方から「文法的にはisが正解ではないか」という
意見が寄せられました。この問題は興味深いテーマを含んでいるので,ここで少し詳しく
説明しておきます。
A as well as Bの形について,ウィズダム英和には「『AだけでなくBも』と訳した方が適切な
場合もある」という注釈があります。同辞書にはこれ以上の説明はありませんが,文章中
での使われ方を見る限り,この表現には「Aだけが新情報」「A・Bの両方が新情報」という
2つのケースがあるように思われます。まず,シンプルな文で考えてみます。
(以下の説明についてはネイティブの同意を得ています。ピンク字は強く読む語)
(a) I need money
as well as time.
(b) I need money
as well as
time.
(a)の強勢ではmoneyだけが新情報であり,意味の重点はmoneyにあります。
(b)の強勢ではmoneyもtimeも新情報であり,両者に対等の情報的価値があります。つまり,
(a) = I need money in addition to time.
(b) = I need money, and time as well.= I need both money and time.
A as well as Bが上の(b)のような意味を表す例は,実際の英文中によく見られます。
・Language is one of the important ties which bring us all together. It allows us to
express
ourselves clearly
as well as understand others
better. We use it to gather information and
to give out information. Language is a wonderful tool that we use in communicating. (2010愛知大)
訳例:言語は私たちを結びつける重要なきずなである。言語は私たちが自分の考えを明確に
表現し,他人をよりよく理解することを可能にする。私たちは情報を集めたり出したりするのに
言語を使うことができる。言語は私たちがコミュニケーションをとる際に使うすばらしい道具である。
→ 文脈から考えてAとBはどちらも新情報であり,対等の重みを持っているように感じられます。
・The rain forests are being destroyed because the trees are burned or cut down to make
room for growing corn, soy, and other
grains, as well as
grass for
cows. (2009麗澤大)
訳例:(熱帯)雨林が破壊されつつあるのは,トウモロコシ,大豆その他の穀物や,あるいは
牛が食べる草を育てるスペースを作るために,木が燃やされたり伐採されたりするからだ。
→ この文の場合,書き手はas well as以下の情報を(書いている途中で思いついて)補足的に
加えたような感じがします。つまり,as well as grass for cows=and grass for cows as wellです。
AとBの情報的価値は対等でしょう。
・Yet more than a dozen recent studies have demonstrated a right-handed bias among
other primates, our closest evolutionary relatives. This clearly demonstrates that human
right-handedness descended from that of earlier primates. The right-hand preference
shows itself in monkeys
as well as in apes, particularly in
chimpanzees. (2010関西学院大)
訳例:しかし最近の多数の研究によれば,他の[人間以外の]霊長類,つまり我々の最も近い
進化上の近縁種の間にも,右利きの傾向があることが実証されている。このことは明らかに,
人間の右利きは初期の霊長類から受け継いだものであることを示している。右手を使うのを
好む傾向は,サルだけでなく類人猿,特にチンパンジーにも見られる。
(注)monkey
はニホンザルなどの小型のサル,apeはゴリラ・チンパンジーなどより人間に近い種。
→ この例では,AよりもむしろBの方に意味の重点がある(ウィズダム英和の注釈に該当する)
ように感じられます。end-focusの原理で説明することもできるでしょう。
ここで,最初に挙げた入試問題に戻ります。
・Tom as well as I (
) ignorant of the matter.
「私が知らないのはもちろんだがトムも知らない」という意味を表したいときは,Tomに強勢を
置いて空所にisを入れることができます。一方,TomとIに同程度の情報的価値を置き,
「トムも私もどちらも知らない」という意味を表したいときは,TomにもIにも強勢を置いて,
空所にはareを入れようとする意識が働くはずです。そしてネイティブはしばしば,この文を
後者のように解釈するのだと思います。
◆
追記:以下の記事(黄緑色)は,2015年1月3日に追加しました。
次の文は,ある高校検定教科書(スーザン・ボイルに関する文章)からの抜粋です。
Almost overnight,
she became very popular throughout the world.
Her fans loved
her sweet voice as
well as her honest personality and sense of humor.
A
B
(試訳)
ほとんど一夜のうちに,彼女は世界中でとても有名になった。
彼女のファンたちは,彼女の美声だけでなく実直な性格とユーモアのセンスを愛した。
2行目の英文では,情報的価値はA<B,つまりBの方がAよりも重要な情報だと考えられます。
スーザンは歌手ですからファンが歌声を愛するのは当然であって,それに加えて彼女は性格と
ユーモアのセンスでもファンから愛された,ということです。この例からもわかるとおり,A
as well as B の
形においてBの方が情報的価値が大きいケースは,文章中ではよく見られます。
◆ 対比を表す while について
参考までに,対比を表すwhileが表す意味と訳し方についても考えてみます。
(a) While I like soccer, Tom likes baseball.
(b) I like soccer, while Tom likes
baseball.
(a)(b)ともに「2つの下線部が対等の重みを持つ」「後半に意味の重点がある」の2つの
解釈が可能です。前者の解釈ならwhileは実質的にandの意味に近いので,(a)(b)とも
「私はサッカーが好きで,トムは野球が好きだ」と訳せばいいでしょう。後者の解釈なら
(a)(b)ともに「私はサッカーが好きだが,(一方)トムは野球が好きだ」となります。(b)を
「トムは野球が好きだが(一方)私はサッカーが好きだ」と後ろから訳す必要はありません。
なお,ウィズダム英和には次の例文があります。
・They took care of the food, while we brought the drinks.
(私たちは飲み物を運んで,彼らは食べ物の方を担当した)
この文では前後の情報が対等の重みを持つので,前から訳しても後ろから訳しても
実質的な意味は同じだ,ということだと思います。
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