編集者のYさんが当初最も恐れていたのは,おそらく「執筆者に自由に書かせると,内容的に
偏向した本になりかねない」ということでしょう。それはよく理解できますし,だからこそ編集者と
しては「他社の本に書いてあること」を全部盛り込めば客観的に妥当な本になるはずだと考える
のも無理はありません。
しかし,私の立場は違います。
一口で言うと,今学校で使われている文法参考書は全部時代遅れだと私は思います。
その最大の理由は,前述のとおり各社の本が「横並び」を強く意識しすぎているからです。
「たとえ従来の文法参考書には載っていたとしても,こんな知識は無駄だからカットすべきだ」
「たとえ従来の文法参考書に載っていなくても,この知識は重要だから入れるべきだ」
私はこういう主張をたくさんしましたが,編集者のYさんは英語の専門家ではないので,
私の言うことが正しいかどうかを自分の知識だけでは判断できません。
そこで私は,Yさんに適正な判断材料を提供しなければなりません。この作業が大変でした。
ここではその例として, a house in which to live型の表現
(不定詞関係詞節) を取り上げます。
(a) He has no house
in which to live. = (b) He has no house to live in.
(彼には住む家がない)
私は,アトラスに(a)のような形を載せるべきだと主張しました。
しかしYさんは「難しすぎるのではないか」と言います。
学校採用向けの他の多くの文法参考書は,この形を載せていないからです。
そこで私は,この形が入試問題の中にどの程度出てくるのかを示す資料を作りました。
・What to eat, how much of it to eat, what order in which to eat it, with what and
when and with whom have for most of human history been a set of questions long
settled and passed down from parents to children without a lot of controversy or fuss. (10鳥取大)
・Today, it means a $10,000 watch box in which to store a $250,000 watch. (09福井大)
・Many kinds of birds build their nests in cavities; this means they need holes
or containers in which to build
homes. (05熊本県立大)
次の文は,長文中の下線部和訳問題として出題されたものです。
・It means also preserving natural environments in which to experience mysteries
transcending daily life and from which to
recapture, in a Proustian kind of remembrance,
the awareness of the cosmic forces that have shaped humankind.
(それはまた,日常生活を超越する神秘を体験する場としての,また人類を形作ってきた
普遍的な力の意識をプルースト風の記憶の中で取り戻す源泉としての自然環境を守る
ことも意味する)(02信州大)
また文法問題でも,主に難関大で時折出題されています。
◆As a child, Derek was exposed to an ideal environment (
). 〈空所補充〉
@ in which foreign languages to be learnt A in which to learn foreign languages(正解)
B learning foreign languages in C which to learn foreign languages in (98慶応大)
◆Never before have we had so little time in which (
) . 〈空所補充〉
@ to do so much(正解)
A we will do so much
B it does so much C we do so much (03 早稲田大)
◆He is @looking for
Aa piece of land Bwhich Cto build Da storehouse
for provisions.
〈正誤判定〉(01 東京理大) *正解はB(正しくはon which)
私は自分が入れたい項目,あるいは入れたくない項目についてYさんに説明するために,この種の資料を
たくさん作りました。これは学校採用の本だから必要なことであって,市販本の場合は企画の骨子を守りさえ
すれば基本的に執筆者にフリーハンドが与えられます。
ついでに,もう1つ例を上げます。「前置詞+関係代名詞」という学習項目の中で,アトラスでは
the ease with which ... 型の表現を取り上げています。これも類書にはあまり見られません。
アトラスは入試対策を柱とした文法参考書なので,入試の文法・読解問題中によく出てくるこの形は必ず
入れるべきだと私はYさんに説明しました。the ease with whichはwith ease(容易に)という副詞句がもとに
なった表現であり,その説明がないと学習者には文構造がなかなか理解できません。
◆ My teacher was surprised at the fluency with (
) one of my friends could
speak both English and French. 〈空所補充〉
@ how A that B what C which(正解) D whom (09北里大)
◆彼らは彼女が英語を流暢に話せるのに驚いていた。〈整序作文〉
They were amazed at the fluency [ could / which / speak / with / she] English. (09東京理大)
*正解はwith which she could speak。
◆Over the past 12 to 15 years, the amount and types of data available
on the Internet and, in particular,
the speed at which we can process the data,
have increased to and extent few people could have imagined.
〈読解問題〉(08センター本試験)
アトラス本体にはこのような資料はついていませんが,1つ1つの学習項目を本の中に入れるか
入れないかの判断の背景には,少なくともアトラスではこのような苦労があったわけです。
参考までに補足しておきます。不定詞関係詞節は,次のように理解することができます。
He has no house
in which (he is)
to live.
(彼には住む家がない)
このように (he is)
が省略されていると考えれば,he is to live = he can
[should] live と解釈できます。
なぜなら下線部の〈be動詞+to不定詞〉は,一般に「可能」や「義務・当然」などの意味を表すからです。
さらに不定詞の原義に立ち返って言えば,he
is to live は「彼が住む方へ向かう→彼が住むことが
できる[住むべきだ]」ということ。この種の説明は入れようと思えば入れられるのですが,アトラスでは
(説明重視のフォレストとは違って)入試の重要事項を簡潔に提示することに主眼を置いたので,
「こういう形がある」という点を示すにとどめました。この「大人の英文法」には文字数などの
制約がないので,学習者に「なるほど」と思ってもらえるような説明を詳しく行っています。
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