この記事は,2016年4月発売の「英語のしくみを5日間で完全マスターする本」(PHP文庫)の著者
(佐藤誠司)が,本書の購入をお考えの皆さんに判断材料を提供する目的で書いたものです。
願わくばすべての読者の皆さんが,本書を買う前にこの記事を読んでいただけますように。
なお,この記事は私のHPの「大人の英文法」というコーナーの一部でもあります。
「大人の英文法」のトップへ
まず,最初に一言。
この本は,初心者向けではありません。
1つの目安を挙げるなら,
「ジーニアス英和辞典」(大修館)を持っておられない方には,
この本の購入はお勧めしません。
あえてこんなことを言うのは,過去に苦い経験が何度もあるからです。
アマゾンで自分の書いた本の書評を見ると,5段階の「1」をつけておられる方が時におられます。
そういう方のコメントの多くは,「自分が思っていた内容と違うから不満だ」というものです。
「自分はこんな内容の本を期待していた。しかしそうではなかった」という理由で読者が失望するの
だとしたら,それは読者にとっても著者にとっても不幸なことです。
今回書いたこの本の場合,そのようなミスマッチが起こるリスクが他の本よりも高いので,この記事で
できるだけ本の内容を理解していただいた上で買うかどうかの判断をしていただければと思います。
本書は,学生であれ社会人であれ英語教師であれ,
英文法の勉強が嫌いではない(あるいは好きだ)という
方には必ず満足していただけるはずだと確信しています。
本の内容を端的に理解していただくために,「はしがき」と「目次」を以下に再掲します。
◆はしがき
本書の目的は,英語学習者の皆さんに目からウロコが落ちる感覚を味わっていただくことです。
野球選手にとってバットの素振りが大切なように,英語学習も最初のうちは単調な暗記作業が中心です。
I−my−me−mineやgo−went−goneのような知識は,理屈抜きで覚えるしかありません。
しかしある段階からは,「暗記」に加えて「理解」が重要になります。
本書は,皆さんが中学や高校で学んだ英文法を少し違った角度からとらえ直すことによって,
「なるほど,そうだったのか」という理解と発見の喜びを感じていただくために書いたものです。
他書を引き合いに出して言えば,『総合英語フォレスト』(桐原書店)や『一億人の英文法』
(東進ブックス)などに近い路線です。ただし本書の特徴は,大学レベルの専門的な知識を
(つまみ食い的に)取り入れている点にあります。教養のための英文法の本,あるいは
「池上彰先生が英文法の本を書いたら」というイメージの本を目指しました。
また説明が単調にならないよう筆者の意見や経験談なども交えて,知的な刺激と読み物としての
面白さの両方を追求したつもりです。
本書には,読者の皆さんが今までにあまり聞いたことのない用語や説明がたくさん含まれて
いるはずです。英文法にはさまざまな理論があり,日本の学校英語はその1つにすぎません。
本書の目的の1つは,今日主流となっている英文法理論の知見をふまえて,皆さんが学校で
習った不十分な知識を補完したり,不正確な知識を修正したりすることです。
その意味で,英語のプロ(たとえば英語教師)が読んでも役に立つはずです。
なお,本書では個々の単語の使い方(語法)の説明は省き,英文法を理解する上で重要な
概念の解説に重点を置きました。紙面の都合で文法項目ごとの説明の分量には濃淡が
ありますが,主要な項目はほぼ網羅しています。また本書では実際のコミュニケーションに
役立つ知識を重点的に取り上げ,文法マニアだけが喜ぶ禅問答のような説明は極力避けました
(が,筆者の趣味で一部マニアックな記述もあります)。できるだけ一般読者が理解しやすいよう
割り切った説明を心がけた関係で,学問的な厳密さを多少欠く面があることはご了解ください。
読者の皆さんが今までの英語学習の中で「何となくよくわからない」と思っていた部分が,
本書を読むことで霧が晴れたようにすっきりと理解できること―それが筆者の願いです。
◆目次
第1章 英文の成り立ち
1 英語と日本語の違い
2 主語と述語
3 S(主語)の働き
4 文末焦点の原理
5 C(補語)の働き
6 補部構造
7 O(目的語)の働き
8 5文型・7文型・8文型
9 よく使われる文型
10 英語の歴史
11 ホーンビーの動詞型
12 「先読み」の力
13 動詞の分類
14 be(動詞)
15 変則定型動詞
16 否定文の一般形
17 下位範疇化と選択制限
18 「英語感覚」と情報構造
19 S(主語)の選び方
20 文の形と意味
21 品詞の転用
22 句動詞
23 準動詞の基本
第2章 V(述語動詞)の形
24 Vの形の種類
25 時制の基本
26 時制と相
27 Vの一部として使う準動詞
28 動作動詞と状態動詞
29 現在形と現在進行形
30 進行形にできない動詞
31 過去形と過去進行形
32 「敬語」として使う時制
33 未来を表す表現
34 「ゼロ時制の現在形」
35 現在形の特殊な用法
36 現在完了形
37 時制の基準時
38 時制の一致と話法
39 時制の一致の例外
40 助動詞の基本
41 willとbe going to
42 mustとhave toなど
43 法助動詞の過去形
44 推量の助動詞
45 法助動詞の実用的な使い方
46 法の基本
47 仮定法過去
48 仮定法過去完了
49 仮定法現在
50 仮定の意味を含む助動詞の過去形
51 〈I wish+仮定法〉など
52 受動態の基本
53 受動態を使う場面
54 by(〜によって)の使い方
55 受動態を使った文の作り方
56 受動態と時制・助動詞
57 受動態と前置詞
58 「バッグを盗まれた」型の表現
第3章 さまざまな文構造
59 不定詞の基本
60 動名詞の基本
61 動名詞と現在分詞の関係
62 分詞の基本
63 不定詞を含む文構造
64 動名詞を含む文構造
65 V(他動詞)+to do/〜ing
66 V(自動詞)+to do
67 不定詞の意味上の主語
68 ネクサス
69 埋め込み節
70 V+O+to do
71 V+that節
72 知覚動詞
73 感覚動詞と知的知覚動詞
74 使役動詞と作為動詞
75 準動詞と相の組み合わせ
76 形容詞+埋め込み節
77 V+O+〜ing
78 授与動詞
79 与格と対格
80 倒置
81 wh移動
82 否定辞の繰り上げ
83 SとOに関する繰り上げ
第4章 修飾語
84 形容詞の2用法
85 名詞と形容詞の位置関係(1)
86 名詞と形容詞の位置関係(2)
87 形容詞の3つの機能
88 副詞の基本
89 前置詞(句)の働き
90 名詞を修飾する不定詞
91 名詞を修飾する分詞
92 〜ing+名詞(1)
93 〜ing+名詞(2)
94 分詞句の3つの機能
95 分詞構文に関する誤解
96 話す[書く]ための分詞構文の知識
97 読む[聞く]ための分詞構文の知識
98 関係詞の基本
99 関係詞が作る節の種類
100 主な関係詞の種類
101 関係詞の2用法
102 自由関係詞
103 関係詞のthat
104 複合関係詞
105 副詞(句・節)の位置
106 副詞による修飾と強勢の関係
第5章 その他
107 先行詞と照応
108 前方照応と後方照応
109 代名詞以外の照応
110 予備のit/there
111 冠詞の基本
112 総称を表すthe
113 a/the+名詞+修飾語
114 a/theと情報構造
115 冠詞の使い分け
116 限定詞と語順
117 可算名詞と不可算名詞
118 名詞の単複に関する注意
119 比較構文の基本
120 原級を使った比較
121 as/thanの後ろに置く形
122 形容詞が表す段階性
123 比較に関するその他の注意
上記のように本書では,300ページ弱の本文中で123の項目を取り上げています。
内容のサンプルとして,そのうちの1項目を下に示します。
これを読んで「面白そうだ」と思う方には,この本の購入を強くお勧めします。
「さっぱりわからない」と思われた方は,本書を買わない方がいいと思います。
106 副詞による修飾と強勢の関係
下の文には2通りの解釈があります。
@John likes soccer, too.
((a)ジョンはサッカーも好きだ)
((b)ジョンもサッカーが好きだ)
この2つの解釈は,次の強勢に対応しています。
(a)John likes sóccer, too.
(b)Jóhn
likes soccer, too.
つまり,tooは強く読む語(新情報)を修飾するということです。only,evenなどにも同じことが言えます。
A(a)He only watch television on
Súndays.
(彼は日曜日しかテレビを見ない)
(b)He only watch
télevision on Sundays.
(彼は日曜日にはテレビしか見ない)
さらにnot(副詞)が何を否定するか,すなわち否定の焦点も,強勢の位置に反映されます。
B(a)Jóhn didn’t drive me to the airport.
(私を空港まで車で送ってくれたのはジョンではない)
(b)John didn’t dríve me to the airport.
(ジョンが私を空港へ送ってくれた手段は車ではない)
(c)John didn’t drive me to the
áirport.
(ジョンが私を車で送ってくれた場所は空港ではない)
(a)(c)ではジョンや空港が他の人や場所と,(b)ではdriveが他の行為と対比されていることに注意してください。
ここで,否定の作用域(scope)についても説明しておきます。否定の作用域とは否定辞の影響が
及ぶ範囲のことで,以下の例では[
]内がnotの作用域です。
C(a)I [don’t know] some of the songs.
(私はその曲のうちいくつかを知らない)
(b) [I don’t know any of the songs].
(私はその曲のどれも知らない)
(c) [I don’t know áll of the songs].
(私はその曲の全部を知っているわけではない)
中学では「肯定文にはsome,否定文・疑問文にはanyを使う」という説明がよく行われますが,(a)では否定文中で
someが使われています。それはsomeがnotの作用域に入っていないからだと考えることができます。
(c)はいわゆる部分否定ですが,この文の意味を説明するには次の2つのアプローチがあります。
(1)否定の作用域から考えると,(c)=NOT+[I know all of the songs].,つまり「私はその曲の全部を知っている
+のではない」と説明できます。
(2)否定の焦点から考えると,notは強勢を置かれたallを否定しているから,「全部が〜ではない」の意味に
なると説明できます。
D(a)[I didn’t go to the párty] because I was sick.
(病気だったからパーティーに行かなかった)
(b)[I didn’t go to the hospital because I was síck].
(病気だったから病院へ行ったわけではない)
(a)の強勢ではpartyが否定の焦点であり,because以下はnotの作用域から外れます。
(b)ではsickが否定の焦点になるため,文全体がnotの作用域に入るわけです。
以上で本の内容に関する説明は終わりです。
以下は雑談としてお読みください。
そもそも私が自分のHPで「大人の英文法」という記事を書き始めたのは,このような内容の本を
出してくれる出版社がどこにもなかったからです。英語出版業界の裏事情的な話をするなら,
現状で通る企画は「初級[中学]英語」「楽をして学力がつく」「見てすぐわかる(イラスト入り)」という
3つのファクターのうち2つ以上(できれば全部)を満たしていることが条件でしょう。
(もっとも,著者の知名度が抜群に高ければどんな企画でも通りますが)
そういう本の原稿もずいぶん書いてきましたが,「自分でなくてもできるんじゃないか?」という
仕事に対しては,モチベーションを保つのに苦労します。職人的な仕事をする人は誰でもそうでしょう。
どうせなら自分にしか書けないようなオリジナリティの高い本を書きたい。
目指したのは,英語という言葉の本質を一般向けに易しく説明するような本です。
私が知る限り,そういう方向を志向する英語の本はあまりありません。
「一億人の英文法」はそうした数少ない本の1つです。
そしてこの本は,出版以来ずっとベストセラーを続けています。
その大きな理由は著者(大西泰斗先生)のネームバリューでしょうが,正直な話,あの本の内容を
理解するにはかなりの予備知識が必要です。一言で言えば「一億人の英文法」は,一般の高校生が
学校で使っている文法参考書よりもずっとレベルの高い本です。それでもあの本は売れている。
その事実を見る限り,文法マニアとまでは言いませんが,「文法をきちんと勉強してみたい」と思って
いる人の数は,出版社の人たちが思っているよりもずっと多いのではないだろうか?と私はずっと
思っていました。もしそうであるなら,そういう人たちのニーズに応えるコンパクトなサイズの本を
(たとえレベルは高くても)買ってくれる人たちは十分いるはずです(が,果たして結果はどうでしょう)。
今回この本を出せたのは,小池さんの後押しもあり,PHPの部長さんが企画を通してくれたからです。
こちらから出した本のタイトル案は「英語のしくみがわかる本」でしたが,PHPからは「○日間で」と
いう言葉の入った本を小池さんと共著でだいぶ出しているので,その延長で「5日間で完全マスター」
という文言が入りました。ただし他の本が「英語の力をつける」という性格であるのに対して,この
本は「英語に関する教養を身につけるための読み物」としての性格が強くなっています。
いずれにせよこの本は,現時点での私のキャリアの1つの到達点だと思っています。将来的には
もっと情報量の多い本も書きたいですが,さしあたりの目標はこの本の続編を書くことです。
その本の基本的なコンセプトは,「ネイティブ感覚」を万人にわかる言葉で説明することです。
この本が売れてくれないと,続編は書けません。年中多忙なのでどちらかと言えば仕事量を少し
減らしたいのですが,この本の続編だけは別です。できるだけ多くの読者の皆さんにこの本を
お買い上げいただき,その結果として次作の執筆の機会が与えられることを願っています。
※アマゾンの書評に「索引がほしい」という声がありました。
私もこの本には索引をつけたかったのですが,索引をつける作業には大きな制作コストがかかり,
本の定価を上げなければならないということで,残念ながら入れられませんでした。