最終更新日: 2013/8/16

雑記帳 (社会問題編-M)


 

◆ 2013/8/16(金) 「風立ちぬ」への日本禁煙学会の批判について

 

現在公開中の宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」について,NPO法人・

日本禁煙学会が次のような批判をしている。

http://www.nosmoke55.jp/action/1308kazetatinu.html

青色文字は上のHPから引用。なおHPにはグラフの資料も入っているが割愛した。

黄マーカーと丸付き数字は,後でコメントするためにつけたもの。

 

(1)この映画の制作担当者(ジブリ)に当てた正式な「要望書」は次のとおり。

    (*は文字が小さくて判読できなかった箇所。ごめん)

 

2013年8月12日

「風立ちぬ」制作担当者  殿

日本禁煙学会  理事長  作田学

 

映画「風立ちぬ」でのタバコの扱いについて(要望)

 

映画「風立ちぬ」なかでのタバコの描写について**があります。現在,我が国を含む

177か国以上が批准している「タバコ規制枠組み条約」第13条であらゆるメディアによる

タバコ広告・宣伝を禁止しています。@この条約を順守すると,この作品は条約違反という

ことになります。(別冊をご参照ください)

 

教室での喫煙場面,現場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面,高級リゾート

ホテルのレストラン内での喫煙場面など,数え上げれば枚挙にいとまがありません。

 

A特に,肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題です。夫婦間の,

それも特に妻の心理を描写する目的があるとはいえ,なぜこの場面でタバコが

使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです。

 

また,学生が「タバコくれ」と友人にタバコをもらう場面などは未成年者の喫煙を助長し,

B国内法の「未成年者喫煙禁止法」に抵触するおそれがあります。事実,公開中のこの

映画には小学生も含む多くの子どもたちが映画館に足を運んでいます。過去の出来事

とは言え,さまざまな場面での喫煙シーンがこども達に与える影響は無視できません。

 

C誰もが知っているような有名企画である貴社が法律や条約を*視することはいかが

なものでしょうか。企業の社会的責任がいろいろな場面で取りざたされている昨今,

貴社におきましてもぜひ法令遵守をした映画制作をお願いいたします。

 

なお,このお願いは貴社を誹謗中傷する目的は一切なく,貴社がますます繁栄し今後

とも映画ファンが喜ぶ作品の制作に関わられることを心から希望しております。

 

どうぞその旨をご理解いただき,映画制作にあたってはタバコの扱いについて,特段の

留意をされますことを心より要望いたします。

 

(2)上のHPに書かれている日本禁煙学会のコメントは次のとおり。

「風立ちぬ」のテーマは、戦争はやってはいけない=命がいちばん大事だ、と言うことだと

思います。私たちも心から共感します。


しかし、戦争はやってはいけないという素晴らしいメッセージを発信している「風立ちぬ」の

中で、タバコを吸うことがあまり悪いことではないどころか「魅力的に」描かれている事に、

私たちはとても当惑しています。


D原作の主人公のモデルとなった方が、実はタバコを吸わない人だったと言われています(注1)。

もしそうならば、吸っていなかった人をむりやりヘビースモーカーに仕立て上げたことになり、

歴史をねじ曲げていることにほかなりません。

(注1)この作品は実在の零戦設計者を主人公としていますが、喫煙をめぐるエピソードが実話に

忠実に基づいているわけではないと思われます。堀越氏が酒もタバコもやらない人だったと

いう記述もあります:小池さとる作「黄色い零戦」。

http://www.amazon.co.jp/dp/4418985158
http://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/98515.html

たとえ、その方が喫煙者であったと仮定しても、「風立ちぬ」で喫煙が幾度となく肯定的に

表現されていることは、E命が最も大事だというこの作品の一番大事なメッセージを損なう、

とても残念な点になっています。なぜなら、からだに悪いことがいろいろある中で、

タバコは、今の日本で最も人の命を縮めているからです(Ikeda他.plosmedicine.2012 )。


喫煙シーンを多く見た子どもほどタバコに手を出すようになることがわかっています。

喫煙シーンを見る回数が多いほど、子どもがタバコに手を出すようになるかどうかを

調べた調査が多数あります。ここで二つの調査の結果を示します。調査法は次のようです。

まず、数百点の映画ビデオタイトルから無作為に50点を選び、こどもに、観たことがあるか

どうかをアンケート調査します。次に、それらの映画中の喫煙出現シーンをカウントします。

回答したこどもがその後タバコを吸うようになったかどうか調査します。その調査結果と、

見たビデオの喫煙シーン総数の関係をまとめました。

その結果、映画ビデオで喫煙シーンをたくさん見た子どもほど、タバコに手を出す率が

有意に増えていることが証明されました。この場合喫煙が肯定的に扱われたか否定的に

扱われたかの区別はなされていません。とにかく、タバコを吸うシーンの有り無しが、

それを見たこどもたちのその後の喫煙行動に大きく影響したのです。

SNS上では、この映画を見てタバコを吸いたくなったという人が多数おられます(注2)。

この作品が大人の喫煙を促進し、禁煙を阻害する役割を果たしていることは明らかです。

(注2)例えば、「風立ちぬ」+「吸いたく」のキーワードでYahooのリアルタイム検索をして

みますと、このアニメを見てタバコを吸いたくなったとツイートしている方が多数おられる

ことがわかります。

Fこのことを心得ているタバコ産業は、「プロダクト・プレイスメント」と言う手法(映画などの

映像作品に喫煙シーンやタバコを露出させるために資金を支出する)で、映像作品に

タバコ使用場面を増やしてきました。それは、もちろん子どもの喫煙開始を促進するためです。


「風立ちぬ」は、製作者の意図したものであるにせよないにせよ、結果的に「プロダクト・

プレイスメント」の効果をもたらしています。

G今回の日本禁煙学会の要請を、表現の自由の侵害だと批判する向きがありますが、

それはまとはずれです。「表現の自由の侵害」とは、強制権力を持った政府が市民の

言論を抑圧することを指すものであり、強制権力のないNPO法人である日本禁煙学会が

行う批判活動は、正当な市民的権利の行使に過ぎず、まったく表現の自由の侵害に当りません。

日本禁煙学会が、「風立ちぬ」の表現を批判することも、日本禁煙学会の「表現の自由」です。

それは、このアニメの制作者の表現の自由を侵害していることにはなりません。

論評や意見表明を行うことは、「対抗言論の原則」に基づいた「表現の自由」社会の現れなのです。


H日本禁煙学会は、「風立ちぬ」の制作会社に限らず、今後映像作品を制作するすべての

方々に対して、タバコ製品および喫煙シーンの露出が子どもと若者に与える影響を熟慮

されるよう要望いたします。 

 

以下,私の感想です。

 

この件に関して,おおまかに言えば次のような感想を持った。

 

(1)上記Gに関しては,全くそのとおりである。NPOや一個人が,自分の思ったことを

自由に表明することには何の問題もない。それこそがまさに「表現の自由」である。

※ただし,この自由には1つの制約がある。それは,特定の個人や団体を誹謗中傷するような,

つまり「悪口を言う」ことが目的であるような意見を語るのは好ましくないと(一般に思われていると)

いう点だ。どこまでが自由な意見でどこからが誹謗中傷かという線引きは,最終的には裁判で

決着をつけるしかない。この日本禁煙学会の意見は,全体としてはジブリや宮崎監督個人に

対する誹謗中傷とは言えないだろう,と個人的には思う。

 

(2)上の批判の内容をどう思うかと問われるなら,全く共感しない。

主な理由は「論理にアラが多すぎる」「創作活動に対する敬意が感じられない」の2点だ。

 

以下,黄マーカーをつけた@〜Hについて1つ1つコメントする(Gはその通りだから省略)。

 

@この条約を順守すると,この作品は条約違反ということになります。

 

たかだか一NPO法人に,条約違反かどうかを判断する権限はない。この作品が条約違反だと

思うなら,しかるべき司法の場に提訴して判断してもらうのが筋である。「違反のおそれがある」

という主張自体を悪いとは言わないが,仮に裁判に持ち込んでもこの作品が条約違反だと判断

される可能性はゼロに近いだろう。それをおそらくは承知の上で「違反だ」と批判するのは単なる

中傷にかなり近く,少なくとも誠実な態度ではない。だから共感できない。

 

A特に,肺結核で伏している妻の手を握りながらの喫煙描写は問題です。夫婦間の,

それも特に妻の心理を描写する目的があるとはいえ,なぜこの場面でタバコが

使われなくてはならなかったのでしょうか。他の方法でも十分表現できたはずです。

 

最低である。この批判には,物語を創り出すという営為に対する敬意が全く感じられない。

わかる人には言わなくてもわかるし,わからない人には言ってもわからないから説明はしない。

言論の自由がどうこう以前の,人間としてのモラルの問題だ。

 

B国内法の「未成年者喫煙禁止法」に抵触するおそれがあります。

 

批判に論理性が感じられない。法律論を展開したいのなら,少なくとも作品の舞台となった

昭和初期の法律に照らしてどうであったかを説明しなければならない。これだと「戦国武将は

みんな殺人犯だったから,美化するのは間違いだ」と言っているのと同じだ。

 

C誰もが知っているような有名企画である貴社が法律や条約を*視することはいかがな

ものでしょうか。企業の社会的責任がいろいろな場面で取りざたされている昨今,貴社に

おきましてもぜひ法令遵守をした映画制作をお願いいたします。

 

*はたぶん「無」だと思うが,非常に尊大な言い回しだと思う。裁判所がこういう文書を

出すのはかまわないが,この文面だとあたかも「法令に適合しているかどうかを決める

のは自分たち(日本禁煙学会)だ」と言わんばかりだ。あなたたちにその権限はない。

 

D原作の主人公のモデルとなった方が、実はタバコを吸わない人だったと言われています(注1)。

もしそうならば、吸っていなかった人をむりやりヘビースモーカーに仕立て上げたことになり、

歴史をねじ曲げていることにほかなりません。

 

余計な記述だ。こういうことを書くから,要望書全体の信頼性が崩れてしまうのだと思う。

この映画を見た歴史家は「当時の東京の町並みとは違う」と思うかもしれないし,地震学者は

「関東大震災の揺れはあんなものではなかったはずだ」と思うかもしれない。彼らがそういう

批判を出しても,世間はそれを許すだろう。誰でも自分の専門分野にはこだわりがあるからだ。

しかし禁煙学会が「歴史をねじ曲げている」と主張したところで,歴史のプロたちから「おまえらが

歴史をどれだけ知っているのか」と逆に批判されるのがおちだ。この要望書全体に言えること

だが,もっと自分たちの専門分野の内容に絞りこんで,「私たちの目的は喫煙人口を減らす

ことであり,この要望書はその観点に照らす限りでは正しいと思っています」というロジックを

明確にすべきだったと思う。そうすれば批判はほとんど出なかっただろう。実際には彼らは

自分の専門外のことにまで(浅はかな知識で)口出しをしており,それが彼らの意見全体を

「バカっぽく」見せている面があることは否めない。

 

E命が最も大事だというこの作品の一番大事なメッセージを損なう、とても残念な点になって

います。なぜなら、からだに悪いことがいろいろある中で、タバコは、今の日本で最も人の命を

縮めているからです

 

これも,最低!「命が最も大事だというこの作品の一番大事なメッセージ」だって?誰がそんな

ことを言ったのか。それはあなたたちの勝手な解釈にすぎない。Aの病床の妻の横で主人公が

タバコを吸うシーンについても,監督が描きたかったのが「夫婦の絆」であるとは限らないし,

少なくともそれだけがこの場面にこめられたメッセージではない。

宮崎駿監督の作品をずっと見てきている人ならわかると思うが,この人は昔から一貫して

「空を飛ぶことへの憧れ」を描いてきた。ラピュタ,トトロ,魔女宅,紅の豚…「飛行」をモチーフに

した宮崎作品は,まさに枚挙にいとまがない。その宮崎監督が,自分の子どもの頃からの夢を

前面に押し出して制作したのがこの「風立ちぬ」である。映画を見た人なら知っているだろうが,

この映画の内容は予告編とはだいぶ違う。メインテーマは「飛行機作りに人生を捧げた男の

物語」であり,宮崎監督自身が語っているとおり(たとえば「週刊現代」の最新号に監督本人の

直筆のプロットが紹介されている),一途な情熱は「狂気」と表裏一体である。普通だったら

奥さんが余名いくばくもない病気なら,仕事を休んで看病する人の方が多いかもしれない。

しかしこの映画の主人公はそれでも仕事に没頭し,病床の奥さんの手を片手で握りながら

もう一方の手でタバコをすい,机に向かって仕事をする。彼にとってタバコは(監督本人がそうで

あるように)思索活動に欠かせない重要な道具の1つであって,つきつめて言えば彼にとっては

妻よりタバコの方が大事だという面もある。それが,一途な情熱に伴う狂気の一例だ。

もちろんそういう「文学的」な見方をするかどうかは人それぞれであって,宮崎監督自身の考えは

別のところにあるのかもしれないが,宮崎アニメをよく知りもしない連中が「これはこういう作品だ」

と断定的に決め付けることに対しては,アニメファンなら誰もが嫌悪感を覚えるだろう。

 

Fこのことを心得ているタバコ産業は、「プロダクト・プレイスメント」と言う手法(映画などの

映像作品に喫煙シーンやタバコを露出させるために資金を支出する)で、映像作品に

タバコ使用場面を増やしてきました。それは、もちろん子どもの喫煙開始を促進するためです。

「風立ちぬ」は、製作者の意図したものであるにせよないにせよ、結果的に「プロダクト・

プレイスメント」の効果をもたらしています。

ここにもこのNPO法人の傲慢さが現れている。彼らは映画制作者に対しては「あなたたちを

誹謗中傷するものでない」ときちんと断っている。では,彼らはタバコ産業をどう思っているのか。

上の文面からは,「タバコ産業は悪者だ」という誹謗中傷のメッセージしか感じられない。

タバコ産業も合法的に認められた企業活動であり,彼らには彼らなりに「社会に貢献している」と

いう思いもあるだろう。日本禁煙学会が取るべき適切な立場は,こうだ。

「私たちはタバコ産業の存在を否定するものではありません。私たちの活動の目的は喫煙の

害を世間に訴えることですから,世間の皆さんは私たちが提供する判断材料を参考にした上で,

自分がタバコをすうかどうかを判断してください」。

上の文面には,「あなたたち映画制作者たちは,悪者であるタバコ産業に加担している。だから

あなたたちも同罪だ」というメッセージが強く感じられる。くり返すけれど,たかだかNPO法人に

正義と悪を仕分ける権限などないし,それをすれば世間の心ある人々からは「バカな奴らだ」と

思われることを,彼らは理解していない。

 

H日本禁煙学会は、「風立ちぬ」の制作会社に限らず、今後映像作品を制作するすべての

方々に対して、タバコ製品および喫煙シーンの露出が子どもと若者に与える影響を熟慮

されるよう要望いたします。 

タバコに限らず,メディアの暴力シーンや性描写が青少年に与える悪影響については,ずいぶん

前から問題が指摘されている。データも「影響がある」「影響はない」の両面から提供されている。

たとえばPTAが「子どものマンガでは過激な内容は避けてほしい」と要望するのは当然だし,

それを受け入れるかどうかはメディア側の問題である(法的規制の話が出たときにだけ「表現の

自由」という問題が浮上する)。

タバコに関しては,なぜ「映像」限定なのか?という素朴な疑問はある。特にアニメ作品の多くは

マンガを原作としており,タバコの描写を入れるなと主張するなら二次元の作品の方が先だろう。

実際には次元もサンジもトリコもタバコをすっており,それらが全部条約や法律に違反していると

裁判で判断される可能性はまずない。だから日本禁煙学会の主張は,いわば「言いっぱなし」

に終わる可能性も高いが,意見を出すこと自体は悪いことじゃない。脱原発にしても,多くの人が

メディアで意見を主張したから一時は社会全体がそちらに傾きかけた。最初は小さな声でも,

それがだんだん大きくなっていくというプロセスはありうる。

ただ,今回の批判は「人気アニメをスケープゴートにして自分らの存在を世に知らせよう」という

意図が感じられなくもない。「青少年の禁煙を防止する」という目的自体は立派なのだから,

もう少しやり方を考えればよかったのに…という気はする。どう考えるのかと言えば,基本は

お互いの専門分野を尊重し,他人の専門領域にまで軽軽しく口を出さない」ということだ。

 

今回の批判に対する感情的な感想を一言で言えば,こうなる。

 

アニメをよく知らない連中が,アニメの中身を語るな!

 

 

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