最終更新日: 2012/11/18
雑記帳 (その他編-17)
● 2012/11/18(日) 私的・人生相談
「週刊文春」の3か月ほど前の号に,こんな記事があった。
伊集院静の「悩むが花」という人生相談のコーナーに載ったものだ。
<読者からの質問>
連日オリンピックを夜遅くまで観てしまい寝不足です。日々の仕事に支障がないようにはしていましたが、この前あくびをしている
ところを上司に見つかり、「どうせオリンピックぱかり見てるんだろう、
たるんでいる」と怒鳴られました。夜更かしをしていたことは事実なのですが、
そこまで怒ることでしょうか?プライベートの時間に何をしようが、個人の
勝手だと思うのですが。(34歳・男・会社員)
<伊集院氏の回答>
連日、夜遅くまでオリンピックの見過ぎで会社で勤務中にあくびをして、上司にたるんでると怒鳴られたって?プライベートの時間に何をしようが
個人の勝手だと……君は言うわけだ。
それはたしかに理屈では君の言うことは間違ってはおらんように聞こえるわな。
君は今、三十四歳だから、おそらくここまで順調にサラリーマン生活を送って
きたのだと想像がつくし、仕事もできる方なんだろうと察するよ。君の勤めている
会社は超一流とは言えなくとも、まあまあの業績を上げている会社だろう。
それくらいのことで会社がおかしくなるわけじゃあるまいし、上司も人間が
ちいさい、と言いたいだろう。君のその気持ちがわかるサラリーマン、
そうだ、そうだというサラリーマンは多いと思うんだ。
私は言う。君たちの意見はまったく間違い!
君の上司が正しい。
会社で、しかも人前であくびを平気でする連中ははっきり言って働いていても
しかたないと思う。大人の男が懸命に働いていたら、あくびどころか無駄口
ひとつ出てこないのが、働くってことだ。それを厳しいと思うんなら、君は真剣に
働いていないんだよ。働くっていうことはどういうことか、きちんと考えないと。
先日、漆芸家で人間国宝の大場松魚さんという方が亡くなって、この人の
紹介の記事に、ああやはりな、と思う言葉があった。
大場さんは、人間は生涯のうちで三年はすべてをなげうち徹底的に仕事を
覚え、勉強しなさい、と語っている。
漆芸家の言葉は自分たちには関係ないことだって?だからおまえたちは
アホなんだ。その言葉の後に大場さんはこう続けているんだ。
そうやって三年なりと懸命にしたことは、他の道(仕事)に進んでも無駄に
ならない。とことあるごとに語っていたそうだ。
えっ、三年でいいのかって?三年なら自分にもできるって?
だからおまえたちはバカなんだよ。よく大場さんの言ってることを読み直してごらん。
「三年はすべてをなげうち徹底的に仕事を覚え、勉強しなさい」とあるだろう。
それはつまり一日中その仕事に打ち込み、土曜も日曜も、盆も正月もなく
働くってことを言ってるんだ。三年、つまり365日×3=1095日を一日も休むことなく
仕事を身に付けるためにだけ時間と身体を使うということだ。
できるかどうか一週間でもやってごらん。できやしないって。
どうしてできないかって?そりや夜、面白そうだからと、オリンピックやってたら
見てしまう男だからだよ。仕事に懸命に打ち込んでる男がオリンピックなんぞ
見る体力が夜残ってる方がおかしいんだ。他人と一緒になって浮かれてる時代
じゃないだろう。ましてや今君は若いんだから仕事を覚えなきゃ。
サラリーマンの君たちにとって、メダルなんてのは、むしゃくしゃした時に
バッティングセンターで必要なくらいのもんだろうよ。
ともかく自分の置かれた場所、立場、そうして時代が今どうなって行くかを大人の
男はしっかり見据えて、目の前にある仕事を誠実にやっていくしかないだろう。
ちゃらんぽらんに人生を送ってると、年取って物乞いしなきゃなんない生き方になるぞ。
年金?そんなもん、今のシステムじゃとっくに無くなってるだろうよ。
そんなこともわからんで社会人やってんか。
この回答は,まあ一種の読み物だろうから,読み手を意識して書かれているだろう。
回答者自身が本心からこういうことを考えているかどうかはわからない。
これを読みながら,「自分だったらこう答えるね」と思ったので,ここに書いてみたい。
<オジサンの回答>
君の質問に対する回答は,君がどんな答えを求めているかによって違ってくる。3つの場合に分けて考えてみよう。
第1に,君が「共感」を求めている場合だ。このときの答えはこうなる。
「そうだそうだ,全く君の言うとおりだ。そんな器の小さい上司の言うことなんか,
聞く必要はない。適当に返事をしておいて,腹の中で軽蔑してやりなさい」
偏見かもしれないが,質問の形をとって共感を求めるのは,女性に多いパターンだ。
別に君が女性的だと言っているわけじゃないよ。
第2に,君が「世間一般の常識から見てどうなのか?」という判断を求めている場合だ。
その場合,オジサンはこう答える。
「世間一般の考え方」というものは,人間の数と同じだけある。君が思っているような,
数学の公式のようなものはこの世に存在しない。君の上司がとった行動が正しいとか
不適切だとかを,客観的に判断することは誰にもできない。君の質問がその判断を
求めているのだとしたら,それは君の「世間」が狭い証拠だ。
「あなた個人はどう思いますか?」という問いだったら,いくらでも答えてあげよう。
しかし,オジサンが「俺の言うことが世間の常識だ」と言ったところで,それに何の
意味があるというのか?別の人が「それは違う」と言ったらどうするんだ?
結局君は,誰かの言うことを信じるしかないだろう。そのとき君は確実に,
「自分が信じたい意見」を信じるはずだ。つまり,第1のケースと同じだよ。
「彼と別れるべきかしら?」と親友に相談された女性が,「あなたの中では,もう答えは
出てるんじゃないの?」のような返事をする場面が,ドラマなんかでよくあるだろう。
「自分の考えの方が正しい。それが世間の常識だ(と自分は思う)」と君が言うのなら,
それでいいじゃないか。しょせん「世間の常識」なんて,人によって違うのだから。
そして第3のケースとは,君の質問が実質的に次のようなことを尋ねている場合だ。
「上司に批判されてムカついた今の気分を,自分はどう受け止めればいいのか?
また,今後同じようなことが起きたとき,自分の気持ちにどう対処すべきか?」
この場合は,オジサンの助言が君の役に立つかもしれない。以下の答えを読んでくれ。
君の質問の中で,1つ気になったことがある。それは,「上司がふだんはどんな人か」を
君が何も語っていない点だ。君の上司は,どんな人なんだろうか。自分のストレスを
部下にぶつけて八つ当たりするタイプなのか?仕事熱心で,部下にも自分と同等の
熱心さを求めるタイプなのか?礼儀にうるさいのか?部下思いなのか?
君の質問は,そこを意図的に隠しているような感じさえ受ける。「上司」を「学校の先生」
に置き換えて考えてみればいい。「ぼくの先生は,服装がちょっと乱れているだけで
ぼくを叱るんです。どう思います?」と子供に問われて,無条件にその子の肩を持つような
大人はまずいないだろう。ただしオジサンは,「上司は君のためを思って忠告しているの
だから,上司の言うことを聞きなさい」と君に言いたいわけじゃない。言いたいのは,
「自分の身を上司の立場に置き換えて考えてみたらどうなの?」ということだ。
それをした場合,君が出しそうな結論にはいくつかの可能性がある。たとえば,
「自分が上司だったら,部下のプライバシーに干渉するようなことは言わない」
「自分が上司だったら,(部下のために)あの嫌な上司と同じようなことを言うかもしれない」
「自分が上司だったら,(ケースバイケースだが)あくびくらいでは説教しない」
他人の立場に立って物を考える習慣がついていれば,必然的にその人が持つ事情に
関心が向く。たとえば「テレビのニュースキャスターが電車の中で痴漢をして捕まった」
という新聞記事を読んだとき,「そんなやつはさっさと刑務所に入れればいいんだ」と
即断するような思考回路を持つ人と,「もちろん犯罪には違いないが,さぞ日々の仕事で
ストレスが溜まっていたんだろう。自分だったらそんな人生を棒に振るようなことはしないが,
魔が差したのだろう。かわいそうに」という一片の同情を寄せる人との間には,自分自身が
受けるストレスへの「耐性」に大きな差が出るのじゃないか,とオジサンは思う。ちなみに
オジサンは後者のタイプだ。
君に忠告しよう。対人関係でストレスが溜まったときは,相手を許す気持ちを持ちなさい。
相手には相手の事情がある。上司にパワハラを受けたって?君の上司は,部下に八つ当たり
することでしかストレスを解消できない,気の毒な性格の持ち主,あるいは病気の人なのだ。
病人には同情してあげなさい。自分の気持ちを中心に物を考えるのではなく,相手の身に
なってあげなさい。そうすることで,君のストレスはいくらかでも軽減するだろう。
他人に対する寛容の度合いが大きい人ほどストレスを溜めにくい。逆に,他人を攻撃する
気持ちが強い人ほどストレスを溜めやすい。一般には年齢を重ねるにつれて他人に寛容に
なるが,年寄りでも自分の思い通りに動かない他人にすぐ腹を立てる愚かな人もいる。
逆に若くても,他人に対して心が広く,精神的に安定した人もいる。君は上司に対して
「そこまで怒ることでしょうか?」と書いているが,その言葉はそのまま君に返してあげよう。
そんな上司に対して,君がそこまで腹を立てる必要はないんじゃないか?「上司からすれば
部下のためを思って忠告しているつもりだろう。だから上司を悪く言うつもりはない。しかし
自分が持っている社会常識(あるいは自分個人の思想)から考えると,仕事中にあくびを
するくらいのことは大目に見てもいいと思う(だから自分が悪いとは思わない)」と考えれば,
君は上司に腹を立てる必要はないし,自分のストレスも溜まらないはずだ。もしそれが
できないと言うのなら,それはまだ君の中の「他人を攻撃する気持ち」が必要以上に強い
ということだ。それを減らせば減らすほど,君は穏やかな生活を送ることができるだろう。
え?カープが負けて腹立たしい?悪いのは監督の采配や,オーナーの人格だって?
そう思うのは君の勝手だけれど,それで本当に気分が晴れるかい?
「愛は地球を救う」というスローガンがあったけれど,愛で地球が救われるかどうかは
オジサンにもわからない。しかし,君がまわりの(自分とは無関係の)人たちを見る視線に
いくばくかの愛情をこめるなら,それは少なくとも君自身の魂を救う手助けにはなるだろう。
オジサンのこの回答はあくまで,「どうやったらストレスを溜めずに済むかを教えてほしい」と
君が考えている場合にだけ意味を持つ。上から目線で君の生き方に指図したいわけじゃない。
また,「そんなことは言われなくてもわかっているけれど,できないんだ(なぜなら自分の持って
生まれた性格は変えられないから)」と君が言うのだとしたら,君が求めていたものは結局
「助言」ではなく「共感」だったということになって,振り出しに戻るわけだ。
君は自分の質問のテーマを「上司の態度」だと思っているかもしれないが,君の
知りたいことの本質は「自分はどう生きるべきか」ということじゃないだろうか?
そこのところを,もう一度自分で自分に問うてみることをオジサンは君に勧めるよ。