現在完了形は,「have[has]+過去分詞」の形で「過去とつながった現在の状態」を
表す時制です。学校英語では,現在完了形の用法を3分類し,それぞれ次のように
訳すよう教えます。
@完了:〜してしまった
A経験:〜したことがある
B継続:ずっと〜している
文部科学省の中学学習指導要領では,このような用法の分類に主眼を置くような
指導方法はよくない,とずいぶん以前から説明しています。しかし現実にはほとんど
すべての中学・高校で,この3つの用法を違うものとして教えています。
それは伝統的な日本の文法参考書がそのような分類を行っているからです。
文部科学省の意向を尊重して「完了・経験・継続」という分類をしない参考書を
作ろうとしても,「現場が混乱する(から売れない)」という理由で,出版社側が
認めないでしょう(そのあたりの裏話はいずれコラムで)。
では,外国の文法書は現在完了形をどう扱っているのでしょうか?
たとえば「シリーズ累計1500万冊突破!」という帯が巻かれている,
「マーフィーのケンブリッジ英文法・中級編」(日本語版)を見てみましょう。
この本では,現在完了形を3つの用法に分類してはいません。
たとえばこんな説明が入っています。(p.16)
「最近(たった今)…した」のように,今まででなく最近起こった出来事は現在完了形
(I have done)で表します。
(a) I've lost my
keys. Have you seen them?
(鍵をなくしてしまった。君は見たかい?)
*訳語は私が入れました。
同じことは単純過去形(I lost ...
など)でも表せます。
(b) I lost my keys. Did
you see them?
このように実際の状況に即した例なら,(a)と(b)は同じ意味だと言えます。
ただ,やはり「現在完了形と過去形はどう違うのか」という点は,はっきりと理解して
おきたいところです。現在完了形にはさまざまな説明のしかたがあります。以下は
私流の説明です。
「021 分詞とは」で,「過去分詞は本質的に完了・受動の意味を持つ」と説明しました。
・I've lost my
keys.
その観点から説明すると,この文は「私は[鍵をなくしてしまった状態]を(今)持っている」
という意味を表すと言えます。つまり現在完了形の本質的な意味とは,
完了した状態(過去分詞)を今持っている(have)
ということです。したがって現在完了形は,現在の状態を表す時制(=完了相の現在時制)
だと言えます。
過去形と現在完了形とを対比した次のような説明がよく見られます。
I lost my keys.(過去形)は「私は(過去のある時点で)鍵をなくした」という意味を表し,
現在の状態についてはわからない。一方,I've
lost my keys.(現在完了形)は「鍵を
なくして今も持っていない」という意味を表す。
しかし厳密に言うと,この説明には2つの問題があります。第1に,上の「マーフィー」の説明
からもわかるとおり,文脈の支えがあれば両者は同じ意味で使えます。第2に,実際の会話で
I lost my keys.
という文が単独で発せられることは少ないと思われます。これだけだと情報が
足りないからです。 I lost my keys yesterday.
とか,I lost my keys on my way home. のように
時や場所を表す語句を添えて言うのが普通でしょう。あるいは上にあるように,I
lost my keys.
Did you see me?
のように言葉を添えれば自然な文になります。
話がやや脱線しました。現在完了形の別の例を見てみましょう。
・ I have seen this movie
before. (私は前にこの映画を見たことがある)
学校英語ではこの文を,現在完了形(have seen)が「経験」(〜したことがある)を表す例と
考えます。しかしこれも,「私は[この映画を以前見終えた状態]を今持っている」と考えて
何も差し支えありません。ちなみに文法書によっては,「完了」の用法を「完了・結果」と
呼んでいるものもあります。「結果」とは,たとえば
I've lost my keys. という文が「私は鍵を
なくして家に入れない」のように,過去の出来事が現在に影響を与えているという意味を
表すケースを指す言葉です。しかし上の文も「私は前にこの映画を見たことがあるから,
もう見たくない」のような意味を表す状況もあり得ます。その場合は「〈経験〉を表す現在
完了形が〈結果〉の意味を含む」と言うこともできますが,そんな分類には意味はありません。
くり返しますが,現在完了形とは基本的に「現在の状態」を表す表現形式ですから,
話し手が自分の現在の状態をどうとらえているかは,周囲の環境に応じて変化します。
たとえば I've quit my job.(仕事をやめた)という文は,話し手が現時点での自分の状態を
どう思っているかによって「収入がなくて困っている」「つらい仕事から解放されて幸せだ」
などさまざまな意味になり得ます。
今度は,学校英語で「継続」と呼ばれている用法の例です。
・ I have lived in Osaka
for two years. (私は大阪に住んで2年になる)
上の文は,中学のテストなら「私は大阪に2年間ずっと住んでいる」とBの意味で訳せば
○がもらえます。しかしこの文は,@Aの意味にもなり得ます。その場合の訳語は次の
とおりです。
@「私は大阪に2年間住み終えたところだ」
A「私は大阪に2年間住んだことがある」
いずれにしても,上の文は次のように理解することができます。
話し手は,自分が2年間大阪に住んだという〈完了した行為〉を,現在持っている状態と
してとらえている。
前述のとおり,「現在持っている状態」を話し手がどう考えるかによって,上の文の意味は
微妙に違ってきます。たとえば「もう2年も大阪に住んだのだから,そろそろ東京に帰りたい」
と思っていれば@(完了)の解釈になり,「大阪に越してきたのはつい最近のように思えるが,
もう2年も経ったのか」という時の経過に意識を置いていればB(継続)の解釈が生じます。
あるいは話し手は現在では大阪以外の場所におり,「大阪は懐かしい場所だ。2年住んだ
ことがあるのだから」と思っていればA(経験)の意味に解釈することも可能です(ただしその
意味なら I lived ...
のように過去形を使うのが普通でしょう)。
ここで行ったのは,現在完了形の本質的な意味をどう理解するかという観点からの説明です。
英語を話すという実用的な見地から言えば,「完了」「経験」「継続」のように分類して,
一種の決まり文句として Have you ever been to 〜?(〜へ行ったことがありますか)などの
フレーズを暗記するのも確かに有効です。その意味で私は,現在の学校英語で行われている
現在完了形の教え方が悪いと思っているわけではありません。
「大人の英文法」のトップへ