2015/1/3 up

大人の英文法−コラム(7) 「英語教育」(15年1月号)の連載記事について 

 

雑誌「英語教育」(大修館)の2015年1月号に私が寄稿した連載記事に関して,

読者の方(仮にAさんとしておきます)から編集部経由で手紙が届きました。

メールならご本人に直接ご回答するのですが封書だったため,いただいたご意見に関する私の考えを

ここに掲載しておきます。またこの場を借りて,ご意見をいただいたAさんにはお礼申し上げます。

この連載では,大学入試問題から「悪問」を抜粋して紹介し,どこがよくないのかを解説しています。

今回指摘のあったのは,次の3つの問いです。黄色文字は私が雑誌に書いた記事水色文字は

Aさんのご指摘の要旨ピンク文字はAさんのご指摘に関する私のコメントです。

なお,この連載記事を書くに当たり,私は次のような手順を踏んでいます。

@ 入試問題の中から「悪問」の候補を選びます。悪問とは,正解が1つに決まらない,英文が文法的に

誤っている(あるいは意味的に不自然である)など,何かしらの問題点を含んでいるように(私には)

感じられたものです。

A それらをネイティブに見せ,私の判断が正しかったか(つまりそれが正真正銘の悪問であるか)を尋ねます。

ネイティブが私の判断に同意すれば連載記事の中で取り上げ,同意しなければ(つまり私の判断が誤って

いた場合は)悪問リストから外します。

したがって,私の連載記事に対して「その説明は正しくないと思う」という指摘が読者から来た場合,

「少なくとも1人のネイティブは,私の考えを正しいと認めている」と反論することはできます。

しかしネイティブ同士でも意見が分かれることはよくあり,また「ネイティブがこう言っているのだから」という

水戸黄門の印籠のようなものをふりかざして思考を停止するのもどうかと思うので,以下の記事では

Aさんのご指摘に対して私が自分の頭で考えたことを述べてみたいと思います。

かなり難しいことを語っているので,ある程度英語ができる人は頭の体操のつもりで読んでみてください。

英語にあまり自信のない方は,この記事はスキップしていただければと思います。




◆ (    ) we understand his anger, we cannot accept his behavior.

@ Even if(出題者が想定した正解)  A Only if   B What if   C As if

正解の@を空所に入れた文は意味的に不自然です。空所にはEven thoughを入れるのがベターであり,

@を使うならEven if we can understand his anger, …とすべきでしょう。

[Aさんのご指摘の要旨]

・Even if we understand … はそれほど不自然な英語とは思われない。

・Even if we can …と変えても,事態が変わるとは思えない。

・Even though … とEven if …とは意味が違うだけで,どちらがベターとも言えないと思う。

・自分の友人の米国人は,The two sentences are not really unnatural … there could be a slight 

difference in meaning between “even if” … and “even though” … と言っている。

[私の考え]

まず,次の3つの英文を訳してみます。

(a) Even if we understand his anger, we cannot accept his behavior.

→ たとえ彼の怒りを理解しているとしても,私たちは彼の行動を受け入れることができない。

(b) Even if we can understand his anger, we cannot accept his behavior.

→ たとえ彼の怒りを理解できるとしても,私たちは彼の行動を受け入れることができない。

(c) Even though we understand his anger, we cannot accept his behavior.

→ 彼の怒りは理解しているけれど,私たちは彼の行動を受け入れることができない。

この3つの中では(c)が最も自然であり,(a)は不自然,(b)は(a)に比べれば許容度が上だろう,

というのが私の考えです。(c)については何も問題ないでしょう。(a)が不自然なのは,和訳文から

想像できるかと思いますが,主語がweだからです。(a)の主語を仮にMary/sheに置き換えた場合,

「メアリが彼の怒りを理解しているかどうか」を話し手が明確に知らない状況では,「もしも〜なら」とか

「たとえ〜でも」という仮定を行うことに違和感はありません。しかし主語がwe(あるいはI)の場合,

「もしも私(たち)が彼の怒りを理解しているなら」とか「たとえ私(たち)が彼の怒りを理解しているとしても」

という仮定を行うこと自体がナンセンスであるように私には感じられます。自分(たち)が理解しているか

どうかは,自分自身が知っているはずだからです。同様に,たとえばif John likes soccer(もしジョンが

サッカー好きなら)という仮定は問題ありませんが,if I like soccer(もし私がサッカー好きなら)という

仮定は意味的に変です(自分がサッカー好きかどうかは自分自身が明確に知っているはずだから。

仮定法過去を使ってif I liked soccerとするのは問題ありません)。(b)も同じ理由で(c)よりは不自然ですが,

canが加わることでunderstandに[+active]の性格が強くなり(つまり「努力して理解することができるとしても」

というニュアンスになり),(a)よりは自然に響くように感じられます。

ちなみに私はこの問いの英文に対して「空所に入れる接続詞としては,Even ifよりもEven thoughが

ベターではないか」という質問をネイティブ(イギリス人)にしました。彼の回答は「自分もそう思う。

Even if を使うなら,understandの前にcanを入れるべきだ」というものでした。連載記事の中で(a)(b)の

違いに言及したのはそのためです。

 

 

◆ She was seriously hurt to hear him (   ) so.

@ to say   A said   B say(出題者が想定した正解)   C having said

to hearはwhen she heardに訂正すべき。同様の誤りが指導者の間にも時に見られます。 感情の原因を

表す副詞的用法の不定詞は,glad,surprisedなど感情を表す形容詞の後ろでしか使えません。

[Aさんのご指摘の要旨]

・She was seriously hurt to hear him … は全くの誤文だとは思われない。

・hurtも「感情を表す形容詞」の一つと考えられないだろうか。

・江川泰一郎:「英文法解説」(改訂3版)のp.319にShe was hurt to find that … という文が載っている。

自分の友人(ネイティブ)は次のようにコメントしている。

I frankly don’t like the adverb “seriously” in that sentence. “Seriously hurt” would apply to a physical

injury rather than to psychological one, I feel. I think the best choice in this case is “She was very much 

offended to hear him say so.”

[私の考え]

文意は「彼女は彼がそう言うのを聞いてひどく傷ついた」。確かにhurtは辞書にも形容詞としての用法が

載っているので,hurtを感情を表す形容詞と考えればこの文が成り立つ余地があるようにも思われます。

後日改めてネイティブに聞いてみようと思います。Aさんのご友人(ネイティブ)のコメントを要約すると,

「seriously hurtは体の傷を表すので,この文ではShe was very much offended to hear him say so. と

表現する方がよいと思う」ということですが,これは興味深い内容です。offendは多くの辞書では

「〜の気分を害する」という意味の動詞の用法しか載せておらず(ただしウィズダムにはoffendedが

形容詞として挙げられています),She was very much offended … は受動態です(offendedが純粋な

形容詞ならmuchは不要)。〈感情の原因〉を表す不定詞は,一般には(多くの文法書に書いてあるとおり)

感情を表す形容詞の後ろに置きますが,この文が正しいなら「受動態が感情を表すとき」もこの用法の

不定詞が使えることになります。そうであるなら,She was hurt to find …のwas hurtがたとえ受動態で

あったとしても,後ろに〈感情の原因〉を表す不定詞を置くことができるのかもしれません。

つまり,Aさんのご指摘が正しいということです。


◆ (a) The day will come soon when we’ll complete this project.

    (b) It won’t be too (   ) (   ) we’ll complete this project.(連立完成)

正解はlong, beforeですが,(b)のwe’llはweに直す必要があります。時を表す副詞節中ではwillは使えません。

[Aさんのご指摘の要旨]

・It won’t be too long before … に関して「時を表す副詞節中ではwillは使えません」というのは,

中学・高校の段階ではそれで良いかもしれないが,現今では,この「間違い」も「市民権」を得ている

ように思う。

柏野健次先生が同誌,同号のp.35の最後のところで,この語法に言及されている。

「ジーニアス英和辞典」の新版(第5版)もこれを認めている。

[私の考え]

「英語教育」をお持ちの方は,2015年1月号のp.35をご参照ください。これに関しては,指摘されて初めて

気づきました。Aさんのご指摘のとおりです。私が尋ねたネイティブは文法の規範どおり「we’llのwillは不要だ」

と言いましたが,この文ではwe’llを使える余地があります。なぜなら,そもそも時や条件を表す接続詞の後ろで

willを使わないのは,068 時・条件を表す節中の時制で説明したとおり,話し手が未来の出来事を

「〜だろう」と推量するという意識を持っていないからです。

・Let’s start before it gets dark. (暗くなる前に出発しよう)

この文では,getsの代わりにwill getを使うことは決してないはずです。なぜなら話し手は「暗くなるだろう」と

推測しているわけではないので。しかし上の(b)のようなIt won’t be too long before 〜. の形は「まもなく〜

するだろう」という意味なので,文全体が未来に向けての話し手の推量を表しています。

だからbeforeの後ろでwillを使うことに抵抗が少なくなるのだと考えられます。1つ勉強になりました。

 

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