最終更新日: 2001/01/28

雑記帳(釣り編-@)


 

● 2000/7/11(火)  ダンゴのチヌ釣りと私

一時期 --- と言ってもけっこう長い間 --- ダンゴのチヌ釣りが一番好きだった頃がある。まだ本格的にかぶせ釣りを始める前の頃で,ベストシーズンは5月と9月。夏場はずっとチヌを釣っていた。釣り方は,主にヘラウキを使ったウキ釣り(流れが速い場所ではイカダ竿でのぶっこみ釣りも)。ウキ釣りの方法をもう少し詳しく言うと,次のようになる。

● 竿は磯竿0〜1号(5.4m)。道糸2号・ハリス1〜1.5号1ヒロ・オモリは0.5〜1号。遊動ウキで底付近にタナを合わせる。

● ダンゴについては,いろいろ試行錯誤したけれど,結局マキエの配合具合で大きな差が出ることはないんじゃないか,という結論に達した。で,おからダンゴと小びきサナギ粉を1:1くらいに混ぜ,適宜レンガのアミブロックを入れたマキエでいつも通した。バラケすぎるときは,チヌパワー(最近はチヌにこれだ!などドリップタイプの集魚材)で粘りを出す。一番大切なのはダンゴのバラケ具合で,着底から遅くとも30秒以内でバラケないと手返しが遅くなる。理想は5〜15秒くらいでサシエがダンゴから出るくらいが一番いいと思う。( この配合で混ぜると誰でもほどよいバラケ具合のダンゴが作れるので,初心者にはおすすめ)

● タナは底スレスレに取るのが普通だが,食いが悪いときはベタ底の方が当たりが出やすい。これはどこの場所でも共通だった。

● エサは,4〜5月のハラミの時期はもっぱらオキアミ。この時期はハゲ(ウマヅラハギ)も多いので,ハリはチヌバリの1号前後を使う。ただ,0.8号以下のハリだとチヌの大物が掛かったとき伸ばされることがある。夏から秋にかけては2号前後のハリを使い,エサは生ミック(晩秋はオキアミに戻す)。現地調達のカニもいいエサだけれど,意外とフグのエサ取りに弱い。モエビもいいが,暑い時期は生かしておくのが難しい。カレイなど他魚が釣れる場所では,アオクラ(岩イソメ)が一番。ちょっとエサ取りに弱いが,いろんな魚が釣れる。

--- とまあ,だいたいこんな感じだった。主な釣り場は,今となっては懐かしい浦崎町の池上木材横の石積み波止。中学生の頃から自転車で通っていた場所で,20代の頃はこの波止が自分のホームグラウンドだった(写真は当時撮影したもの)。昼はチヌ・夜はメバル。チヌの本格的な釣期は7月〜9月ごろ。早朝に家を出て夕方まで,暑い夏の盛りに一日中竿を出していた。今と違って体力もあったし,昼食はパン一枚(暑くて食欲湧かないし,物を食う時間も惜しいくらい釣りに熱中していた),着衣はランニングシャツに半ズボン,という無謀なスタイルだった(その後長袖シャツに換えたが,今では肩のあたりはシミだらけ。皆さん,日焼けに注意しましょう)。で,釣果はと言うと…調子のいい日は半日で20〜30枚釣れた。ダメな日は夕方になってやっと2,3枚,という有様。サイズはほとんど手の平級。25cmもあれば立派なサイズに思えた。たまに30cmオーバーが釣れると,たいてい家に持って帰って魚拓を取った。考えてみれば,いろんな意味でいい時代だった ---

しかし時は移り,通称「池上波止」の様相は一変した。境ヶ浜マリンパークの出現である。工事で潮の流れが変わったせいだろう。チヌもメバルも,全く釣れなくなってしまった(皮肉なことに,その境ヶ浜マリンパークも今は閉鎖されている)。それから,いろんな釣り場を放浪した。満越波止・常石港波止・田島の天神波止・小用地波止・小箱波止・箱崎漁港・横島の大波止・釜戸波止…そして,向島・干汐波止(干汐波止については,機会を改めて書きたい)。

今は,なんとなくエコロジーの意識が強くなってダンゴ釣りはあまりやらなくなった(時々はやる)けれど,かぶせ釣りを始めてなかったら,今も「ダンゴのチヌ釣りほど面白い釣りはない!」と思っていたかもしれない。ただ,チヌ釣りにはちょっとした難点もある。それは「食べ切れないほど釣れる」ということだ。はっきり言って,チヌは25cm級以上なら美味しく食べられるけれど,手の平級のチヌはあんまり美味くないと思う。せいぜい数尾も釣れば十分なのだけれど,そこは釣り人の習性で,20も30も夢中で釣ってしまう。さすがに毎週チヌだと食べる方も飽きてきて,もう他の魚の方がいいや,という気になる。それで今度は,一発大物を…ということになって,シャコやボケのぶっこみ釣りに移行することになるのだった。きりがないので,今日はこのあたりでやめておこう。

--- 考えてみれば子供の頃からずっと釣りをやっているので,年代記ふうに書けば毎日でもページを埋めることができるのですが,それだと読む方々に飽きられるかもしれないので,小出しにしているわけですね。釣りに関しては,まだ書きたいことの100分の1も紹介していません。これからもこの種の話は延々と続きます(笑)。


◆ 2000/3/15(水)  〜釣りイカダの暗い思い出〜

私は有料釣りイカダが嫌いである。理由の1つは,「釣りの本質に関するたわごと」のページにも書いたが,基本的に釣り堀的な釣りは好きじゃないのだ。でも,もう1つ個人的な理由がある。そう,あれは2年前の今ごろだった ---

2〜3月は一番水温が下がる時期で,福山近辺ではほとんど魚は釣れない。そこで,話のタネにと思って,初めて有料の釣りイカダというものに行ってみることにした。1998年2月7日(土)のことである。場所は,忘れもしない沼隈郡・備南フィッシングパーク。岸から200〜300mくらい離れた海上に浮かぶ,100人くらい収容できそうな大きなイカダである。船着き場で2,500円払って渡してもらう(出船は随時)。

もっとも,その日はどうということもなかった --- 魚が釣れない,ということを除いては。朝8時半ころからせっせとカキを撒いて午後2時ごろまで粘ったが,釣れたのは22cmのカサゴ1尾。他に釣り人が数名入っていたが,めぼしい釣果はなかったようだ。たまたま乗り合わせた客の中に,小野さんという年配の釣り人がおられた。この人がこのイカダのヌシの一人であることは後で知ったのだが,25〜30cmくらいのアイナメを2尾釣っていた。聞けば,アイナメの盛期はもう過ぎており,チヌが釣れ始めるにはまだ早いとのこと。一番釣れない時期のようだった。

それからちょうど1か月後,3月7日(土)に,もう一度そのイカダへ行った。潮が速いので小潮の方が釣りやすいとか,釣れるポイントは決まっているとか,1回目にいろんな情報を聞いたので,今度こそはと意気込んで・・・ただ,その日は午後から用事があったので,昼前までしか釣れない。7時半ころイカダに乗り,11時ころまで釣った。しかし,一度も当たりがない。他に数名入っていたが,その中の1人が大きなチヌを掛けた。タモ入れを手伝ってあげたが,確かに地波止からはまず釣れないようなビッグサイズのチヌだった。46cmだという。そのほかその人は30cmくらいのアイナメと25cmくらいのカサゴを1尾ずつ釣っていたが,昼近くになり釣れる気配もなくなったので,帰り支度をしてからイカダの端の渡船発着場所で帰りの船が来るのを待つ。ところが・・・・・・

船が来ない。向こうに小さく見える渡し場では,船頭さんがウロウロしているようだが・・・ここの釣り場では,帰りたいときはイカダ上の所定の場所に目印の小旗を立てることになっている。その旗を立てて待っているのだが,いっこうに迎えに来ない。時間はどんどん過ぎていく。見かねた別の釣り人が携帯電話で近くの釣具店に電話してくれて,店の人が自転車で船頭のところまで伝えに来て,ようやく船が来た。待ち始めてからほぼ3時間が経過し,午後の用事もパーになった。船頭によると,旗が逆光で見えなかったのと,ここのお客はたいてい夕方まで粘るので・・・とのこと。

その後,私は有料イカダというものに行っていない。そういうイヤな経験をしたせいもあるが,2回で5千円払ってカサゴ1匹じゃ,地波止で釣った方がよっぽどましだ。2,900円払って橋を渡って瀬戸田まで行けばいいのだ。備南フィッシングパークのばかやろー。(なんかこの雑記帳って,怒ってばっかですね) 


◆ 2000/2/12(土)  〜「ネウ」の思い出〜

仕事が佳境に入り,釣行もままならない。まあ,この厳冬期に釣行しても大した釣果は得られまい。こういうときは,昔の日記を見てストレスを解消する(何かの形で釣りに接していないと,禁断症状が出て毎晩釣りの夢を見ることがよくある)。

今日引っ張り出した日記は,1978年12月のもの。当時ぼくは大学生で,仙台に親戚がいるという友人たちと3人で,その年末を仙台で過ごした。日記によると,12月26日に仙台郊外の出島(いづしま)という所で船釣りをした,とある。そう,あのときの釣りは印象深い。前日の船頭さんの話は悲観的なものばかりで,曰く「シーズンは6月から10月まで」「カレイはまず釣れない」「最近はほとんど船を出していない」・・・もっとも,訛りがきつくてほとんど友人に通訳してもらったが。「海が鈴が鳴って」だと思ったら「海が静かだったので」だったり,「ササミ」かと思えば「刺し網」だったり(こういうことも日記に書いてある。当時からマメだったな〜,オレ)。

ともあれ,大学の釣りクラブの仲間である我々は,仙台まで来たからにはどうしても釣りをしたい,と無理を言って船を出してもらった。すると --- ネウがいっぱい釣れた。ネウとは「根魚」のなまりで,アイナメのことを東北地方ではこう呼ぶ。しかも良型ばかりで,釣り上げたもののうち最大は40cm級だったが,強烈な引きにハリスが切れてバラしたのが2〜3回あった。それに,カレイも3人に1枚ずつ。とにかく北の海は魚影が濃い!ということを実感。しかも,その晩民宿で食べた料理が,また最高だった。ネウの刺身(アイナメの刺身が美味いことをこのとき知った),ネウの煮付け,タコの刺身,アワビの刺身,ホタテの塩焼き・・・学生の味覚などたかが知れてはいるけれど,「北の海の魚はウマいな〜」とつくづく感じたものだ。あ〜,東北か北海道へ旅行したい!


◆ 2000/2/4(金)  〜TV釣り番組寸評〜

土・日にテレビの釣り番組が集中しているので,ビデオ2台で録画しておいてウィークデイにまとめて見る。広島地方では現在,次のような番組を見ることができる。

・THE フィッシング <全国ネット>            ・釣りロマンを求めて <全国ネット>

・大ちゃんの釣りに行こう                     ・中野浩一の釣り一番

・釣りごろ釣られごろ <15分>                ・われら釣り天狗 <15分>

ところが最近,どれも今イチ面白くない。思いっきり個人的な不満をぶちまけてみると・・・

@女性釣りキャスターを出すのはやめてほしい。なんか,「女さえ出しとけば男の視聴者は喜ぶだろう」という番組制作者のヒクツな意図が感じられて,いい気がしない。われわれが釣り番組に期待するのは,釣りの風景以上のものではないのだから。

A釣りの性質上致し方ない面もあるが,「マキエはオキアミ5kgに集魚材3袋・・・」みたいなのを聞くと,おまえらなあ,と言いたくなってしまう。それと,とってつけたような竿やリールへのほめ言葉。スポンサーがらみで仕方ないんだろうけど,こないだ釣具店でズーム式の磯竿(4.5〜5.3mとかで長さが変わるやつ。今では時代遅れ)の投げ売りやってたぞ〜。

Bシロウトさんの出演する番組での,必要以上のインタビューも時間の無駄。番組に出てもらったお礼ということもあるだろうが,シロウトのプライベートな話なんか聞いてもしょうがない(出演者が悪いわけじゃないですよ,番組制作者の問題ね)。

Cまた,釣りのプロではあっても「しゃべり」が下手な人にあまりしゃべらせないでほしい。釣り師は釣りの技術を見せてくれればよく,ナレーションはアナウンサーなどその道のプロに任せる方がいい。中には釣りの腕もしゃべりの方も両方下手な手合いがいるが,あれじゃどうしようもない。今は放送していない番組で言うと,エド山口の「世界を釣る」は,しゃべりが達者な分マシな番組だった。栗の助というキャスターが出演していた九州制作の釣り番組も,身内ネタが多いのには閉口したが,明るいキャラクターではあった。「大ちゃん」もそのたぐいだが,チヌにこだわりすぎているのとやたらマキエを使うのが難。松山の「あい愛フィッシング」は,キャスターがちょっと暗いけれどいろんな魚を取り上げていたのでマル。中野浩一の番組は,おちゃらけた雰囲気が嫌いなので一度しか見ていない。

Dこれは視聴者にアンケートでもしてみればいいと思うけれど,釣りの対象魚が偏りすぎているような気がする。「魚が釣れる場面」を見せるのは最低条件だとは思うが,世の中の釣り人はバスやチヌやグレのファンばかりではない。なるべくいろんな魚を取り上げてほしい。たとえば淡水ならコイ,ハエ(ヤマベ),タナゴ,テナガエビなど。海水ならヒラメ(泳がせ釣り),スズキ(ウキ釣り),カサゴ(穴釣り),ウナギ(投げ釣り)など。五島列島や三宅島みたいなところへ行ける釣り人はごくわずかであり,もうちょっと身近な釣りの方が親近感が沸くような気がするのだ。そんなんじゃ番組が盛り上がらないかと言えば,そんなことはない。NHKの「釣り紀行」なんか,番組中で一匹も魚が釣れなくても,それなりに面白かった。

 このほかにも,お気に入りの番組が1本ある。それは,NHKの「にっぽん川紀行」。もともと確か「川と漁の旅」という番組だったが,今は川に関係して生活する人々の生活を幅広く紹介する番組になっている。釣り番組にしても,今では24時間釣りばかりというCS放送もあるくらいだから,ただ「魚の釣れる場面」さえ流しておけば視聴者に喜んでもらえる,という時代ではない。他の番組との差別化の工夫を(女性を出しときゃいい,という安易な方法でなく,また多大な制作費用をかけなくてもよいから),各放送局には期待したい。


◆ 2000/1/22(日)  〜釜戸波止と私〜

本当なら今ごろは瀬戸田の波止に座ってカキを割っている頃だったが,あいにくの雨で今日の釣りは中止。これが4月ころならカッパを着てでも出かけるが,さすがにこの時期はちょっと・・・

というわけで,「釣り日記」が書けないときは,こちらでヒマつぶしすることにした。昔の釣行ノートをめくってみる。今から15年くらい前 --- この頃はまだ独身で,広島のアパートと福山の実家を往復しながら,両方で仕事をしていた。当時の年間スケジュールは,6〜9月ころのチヌのシーズンはほとんど池上木材(浦崎町)横の石積みの波止へ通う(境ヶ浜マリンパークができてから潮の流れが変わり,今は全然ダメ)。それ以外は横島。内海大橋はなかったので,バイクでフェリーに乗って行くことが多かった(車だと休日は列ができて1時間待ち必至)。投げ釣りは横山海岸(まだ海水浴場ではなかった)で,波止釣りは釜戸岬の手前にある,通称「タンクの波止」。ここは,実に魚影の濃い釣り場だった。当時は下の写真のように3つの波止が橋でつながっており(1991年の台風で橋が落ちて,真ん中の波止にしか行けなくなった),入り口の高いヘイもなかった。休日にはだいたい20〜30人くらいの釣り人が入っており,家族連れも多かった。

この波止では,季節によって狙う魚が違う。1〜2月の厳冬期はホゴ(カサゴ)とタコ,3月はアイナメ。4〜5月はチヌ・ハゲ(ウマヅラハギ)。夏場はほとんどチヌ専門。9月ころからはアジ・ハゲ。さらにカレイ・マダイ・サヨリなど。メバルも釣れるが,波止よりも付近の岩場の方が数は出る。どれも田島・横島方面では一番と言っていいほど型がよく,カレイは35cm級,アジは25cm級,チヌも45cm級が当時はざらに釣れた。今も基本的には同じ魚が狙えるが,数も型も昔とは比べ物にならない。記憶をたどってその後の変化を思い出すと,まずホゴ・アイナメなどの根魚が釣れなくなった。チヌも,昼間はあまり釣れなくなった。ハゲに至っては,釣り人を警戒するのか,泳ぐ姿はいっぱい見えるのに,エサを追わなくなった。

当時は夜釣りにも時々通っていたので,5月の連休のころが一番のシーズンだった。まず,前夜の夕方,当時まだ原野だった場所(今のドルフィンビーチ)車を止めて,釜戸波止付近でメバルとチヌを狙う。車の中で仮眠して,朝5時ころ(朝イチのフェリーが着く前)に波止へ行っていい場所を取る。早朝はカケバリでハゲ狙い。だいたい入れ食いになる。日中はオキアミでホゴやタナゴを釣った(波止をつなぐ橋の上からダンゴやカキでチヌを狙う常連さんがたくさんおり,狭い場所に大勢入って釣りにくいのでチヌはここではあまり狙わなかった)。

それだけに,1991年11月に橋が倒壊しているのを見たときは,そりゃあショックだった。もうこの波止にはあまり来られないかな,と思った。あれだけの釣り人が3つの波止から1つの波止に集中すれば,座る場所にも困るほど込み合うのは間違いない。実際その後,魚はどんどん少なくなった。一発大物狙い(チヌ・マダイ・カレイ・ヒラメ・マゴチなど)なら今でも有望な釣り場には違いないが,最近は年に数回程度しか通っていない。青春の思い出っていうか・・・こんな波止が青春の思い出かよ〜。

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