073で引用したホーンビーさんの分析を続けます。
彼は〈S+V+to do〉の形を次の2種類に大別しました。
(a) He opened the door to
let the cat out.
(彼はネコを出すためにドアを開けた)
S
V O
(b) I want Tom to
buy some fruit.
(私はトムに果物を買ってきてもらいたい)
S
V
O
つまり,(a)の opened の目的語は the door だけだが,(b)では「私が望んでいる」のは
「トムが果物を買うこと」だから, want
の目的語は下線部の全体だというわけです。
さて,高校1年生くらいの英語力がある人,あるいはこの「大人の英文法」をここまで
読み進めてこられた人は,ここまでを読んでいくつかの疑問が沸いたはずです。
あるいは,疑問が沸くべきです。どうですか?
1つの疑問は,(b)で Tom 〜 fruit
の全体をO(目的語)とみなすことの是非です。
016 品詞と文の要素の関係で説明したとおり,Oになれる要素は基本的に名詞です。
Tom to buy some fruit
は,全体として名詞だと言えるのでしょうか?
この問いに対する答えはイエスです。Tom は to buy(名詞的用法の不定詞)の
意味上の主語だと考えることができます。つまり,Tom
to buy=「トムが買うこと」です。
【参考】このように文中に「〜が…する」という主語と述語の関係が含まれるとき,これをネクサス(nexus)と
言うことがあります。大学で英文法を勉強した人なら誰でも知っている,イエスペルセンさんという
偉い文法学者が作った用語です。
2つ目の疑問は,「次のように解釈しちゃだめなの?」という点です。
(b) I want Tom to buy some
fruit. (私はトムに果物を買ってきてもらいたい)
S V O
C
実際,学校でこう習った人も多いと思います。そして今日の英文法では,このように
考えるのが普通です。一般にSVOCの形(第5文型→029)では「OがCする[である]」
という関係が成り立つので,「トムが買う(ことを望む)」という形はまさに〈O+C〉だと
考えることができます。
そして3つ目の疑問。これが最も大切だと私は思うのですが,
「〈V+O+to do〉という形には,別のパターンもあるんじゃないの?」ということです。
たとえば次のような形を想像できた人は,英文法のセンスがあります。
(c) I have no money to
lend you.
(私は君に貸すお金を全然持っていない)
S V
O
この文のOは下線部の全体ですが,これを(b)と同じ構造だと言ってしまうことには
無理があるでしょう。普通は次のように考えます。
(a)=SVO+副詞的用法の不定詞(目的を表す)
(b)=SVOC
(c)=SVO+形容詞的用法の不定詞(前の名詞を修飾する)
〈S+V+O+to do〉という形だけに着目するなら,これ以外のパターンもあります。
ここには構造主義的分析の限界が露呈しており,それが変形文法など後の学説の
ヒントになったと言えますが,その話はさておき。
実用的な観点から考えてみましょう。たとえば英語を読んでいて,〈S+V+O+to
do〉
という形に出くわした場合,不定詞の働きを正しくとらえる必要があります。
・ I bought a magazine to
read on the train.
これも形の上では,〈S+V+O+to do〉ですね。では,この
to read は何用法でしょう?
文法的に言えば,2つの解釈が可能です。
(1)「私は電車の中で読むための雑誌を買った」〈to
read=形容詞的用法〉
(2)「私は電車の中で読書をするために雑誌を買った」〈to
read=副詞的用法〉
このようなことはよく起こります。日本人は用法の分類をしたがりますが,ネイティブの
感覚は「私は雑誌を買った+電車で読む方向で[へ向かった]」というようなものでしょう。
だから「雑誌を買って電車で読んだ」と〈結果〉のように解釈してもかまいません。
ここで,大切なことを確認しておきます。
I bought a magazine to ... まで聞いたとき,これが(b)(SVOC)のパターンではないと
判断できなければなりません。逆に,I want him to ...
と聞いたら,(b)のパターンを
思い浮かべる必要があります。この違いは,buy と want
の語法の違いです。
つまり,want と同じ(b)型の動詞を覚えておかねばならないということです。
(a)型の文はSVOの形で使うすべての動詞について作ることができますが,
(b)の want
型の動詞は数が限られています。ホーンビーさんは(b)型動詞を
「受動態にできるかできないか」で分類しましたが,今日のオーソドックスな
考え方は次のようなものです。
Vの後ろに置いて意味を補い,かつその部分を省略することができない(つまり
修飾語ではない)とき,その部分を「補部」と言います。
(b) I want Tom to buy some fruit.
S
V
補部
この文の場合,to buy 以下は省略できません。I want Tom.(私はトムがほしい)
では全然違う意味になるからです。
【参考】(a)の補部はOだけです(後ろの不定詞を省略しても文の大意は変わりません)。
補部構造として〈O+to do〉の形をとる動詞は,次の2種類に分けられます。
どちらの場合も,不定詞の原義から「Oが〜するという方向に働きかける[方向で
考える]」という意味を表すと考えてよいでしょう。
(1)SVOC型
(b) I want Tom to
buy some fruit.
(私はトムに果物を買ってきてもらいたい)
S V O
C
※話し手が望んでいるのは「トムが果物を買うこと」です。
このタイプの主な動詞には,allow(許す),cause(引き起こす),
enable(可能にする),
force(強制する),persuade(説得する)などがあります。
なお,make(〜させる)などの使役動詞も意味的にはこのグループに入りますが,
to do
ではなく原形不定詞をとるので別項で扱います。また,believe(信じる),expect(予想
する)などの後ろの〈O+to do〉も別項で取り上げます。
(2)SVOO型
(d) I told Tom to
buy some fruit.
(私はトムに果物を買ってくるように言った)
S V O
O
※話し手は「トムに」「果物を買うこと」を伝えたのです。次のようにも言えます。
I
told Tom that he should
buy some fruit.
S V
O
O
(私はトムに果物を買うべきだと言った)
tell はもともと,tell him the news
(彼にその知らせを伝える)のように,
SVOOの形で使う動詞であることからも,(d) のto buy
はOだとわかります。
このタイプの主な動詞には,advise(忠告する),ask(頼む),warn(警告する)
などがあります。
【参考】 promise
は特殊な動詞だと言われますが,「オーレックス英和辞典」(旺文社)に
興味深いデータ(ネイティブ100余人へのアンケート結果)が載っています。
・ She promised Philip to go to London.
(彼女はロンドンへ行くとフィリップに約束した)
この文の to go の意味上の主語は Philip
ではなく she です。そこに promise の特殊性が
ありますが,オーレックスによればこの文を「使う」と答えたネイティブは14%しかおらず,
大半の人は「この内容は She promised that
she'd go to London. で表す」と答えています。