最終更新日: 2008/04/13

雑記帳 (お仕事・英語編-E)

 


 

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◆ ベストセラーへの道 〜第2回〜 ◆

 

 

マグロを市場に出した翌日,なじみの編プロT社から小さい仕事が入ってきた。

これからさみだれ式に1本ずつ内容校正の原稿を送るので,チェックしてほしいとのこと。

締切まで1週間ほどしかない。放置しておいた別の大きな仕事もある。こちらは4月末ごろ

までに仕上げたいが,作業量が多い。またS社からは3月中に東京へ打ち合わせに来て

ほしいと頼まれていたが,これも先延ばしにしていたので日程を決める必要がある。

しかし,目の前に締め切りが迫っている仕事以外は,なかなか腰を据えてやる気が出ない。

もちろん,マグロの行き先が気になるからだ。


マグロをセリにかけるに当たり,入札候補となる出版社を10社近く想定した。

A社=一般向け英語関係出版社の最大手の1つ。ネットを通じた宣伝も強い。
B社=A社のライバルのような会社。新聞・雑誌も出している。
C社=中学・高校向けの学習参考書を中心とする老舗出版社。
D社=C社よりたぶん歴史は浅いが,学校営業では現在ナンバーワンの出版社。
E社=一般書中心の大手出版社の1つ。ここからは何冊か本を出している。
F社=年間の出版点数では日本一という話も聞く,何でもありの出版社。
G社=マンガ雑誌も出している,日本有数のメジャー出版社。
H社=歴史は浅いが何かと話題を振りまく,業界の風雲児的な出版社。
I社=さらに歴史の浅い,某IT企業を母体とする新興出版社。

しかし,あまり多くの出版社に企画を持ち込んでも,引き取ってくれるところは結局

1つなのだから,それ以外の出版社には「企画を持ち込んだ側が自らの都合でそれを

取り下げる」という形を取らざるを得ない。それは出版社に対して失礼なことなので,

とりあえず3〜4社に絞って持ち込むことにした。万一買い手がつかないときは,別の

数社に持ち込む予定だ。

 

この本の編集に当たっては,いくつかの必要条件がある。まず,「英語のチェックを

きっちりやってくれる」ことが必要だ。販売部数が多ければ多いほど読者の目も厳しく

なるので,万が一にもミスは許されない。そのためには,英語関係の本の出版が会社の

柱の1つであるような(英語中心の)出版社であることが望ましい。その観点から,

文芸書が主体であるH社とI社をまず外した。次に,編集面を含めて「きっちりした会社」

であること。今までいろんな出版社と一緒に仕事をしてきたが,「きっちりさ」の程度は

千差万別であり,それは会社の規模とはあまり関係がない。小さくても仕事が丁寧で

金払いもいい会社もあれば,大きいくせに仕事の進め方がデタラメで金払いも悪い

会社もある(出版社に限らず)。もちろん,担当編集者のパーソナリティーの問題も

あるだろう。ただ,「本を出すことが主な目的で,売れようが売れまいがかまわない」

的な雰囲気を感じるところからは,少なくともこの本は出したくない。で,F社を外した。

それやこれやで,結局A・C・D・Eの4社に企画を持ち込んでもらうことになった。

学参中心のC・D社を入れたのは,この本が当たった場合の続編として,同じ発想で

高校生向けの本を書く構想があるからだ。



小池さんを通じて企画を4社の編集担当者に送ってもらった翌日。連絡はない。

まあきのうの今日で返事が来るわけもないが,小池さん経由でメールが1本入った。

A社からの返事は,「現在多忙のため,ご返事は2週間程度先になります」という。

予想した範囲内の回答だったが,ちょっと落胆した。「やる気のある出版社なら,

1週間以内には色よい返事が来るだろう」と予想していたからだ。オークションである

ことは各社に伝えてあるので,返事が遅れれば他社に先を越されることは当然あり得る。

企画書を見た瞬間に「これはイケる!」と思ったなら,なるべく早くツバをつけておこうと

するはずだが,A社はどうやら「他社に取られてもかまわない」という姿勢のようだ。

この本の出版元が決まるまでの流れをシミュレーションすると,次のようになる。

@ 4社のどこからも声がかからなければ,また別の(複数の)出版社に企画を持ち込む。
A 4社中1社だけが手を挙げた場合,担当編集者と会って条件面などの詳しい話をする。

    2社以上の競合になった場合も,個別に編集者に会う。
B 提示された条件などを考慮して,この企画を委ねる出版社を決める。ただしこの時点

    では,その会社の社内の決裁は下りていない。
C たとえばX社とY社の競合の結果,X社にこの本の企画を委ねたとする。その場合は,

    X社の編集者を通じてこの企画を社内の稟議にかけてもらい,OKが出ればその時点で

    版元が確定。X社で社内決裁を下りなければ,Y社に企画を通してもらうよう働きかける。

要するに,この企画に興味を持った編集者と面会して話をする時点では,その会社の決裁は

下りていない。だから,いくら編集者個人が「これはいい本だ」と思ったとしても,社内の企画

会議を通るという保証はない。・・・・・・と,ここで1つの疑問が沸いた。そもそも編集者は,

「本が売れるかどうか」という点にどれほどの関心があるのか?ということだ。もちろん編集者

にもいろいろあって,編集長とヒラの編集者では考え方も違うだろうが。そう考えると,そもそも

「企画案に関心を持ってもらう」相手は編集者ではなく,むしろ営業担当者ではないか?という

気もする。いずれにしても,少しでもこの本に前向きな姿勢を示してくれる出版社と手を組み

たかった。「まあ,企画会議にかけてみましょうか」という程度の情熱しかない社はパスしたい。

 

そして2日後,E社から前向きな返事が来た。ただ,オークションであることは企画書の冒頭に

書いておいたのだが,E社内では既に「出版の決裁を取る」方向で動いているという。いったん

その社でゴーサインが出てしまえば,こちらから企画を取り下げるわけにはいかない。そこで,

とりあえずE社には社内の根回しをストップしてもらった。E社とは以前から付き合いがあるので,

向こうも社内の稟議を通しやすいのだろう。ただ,どうせなら新しい出版社を開拓したい気も

この時点ではあった。

 

さらにその翌日。たまたま大学が春休みで東京の自宅に戻っておられた小池さん経由で,

C社の担当者と会うことになった」という連絡が入った。「ぜひ同席させてほしい」と頼んで,

急遽新幹線で東京へ。マグロを市場に出してから1週間後のことである。品川プリンスホテル

最上階の喫茶店で,C社のある部署の編集長と小池さんを交えて,企画の説明をする。

原稿は既に完成しているので,すべての原稿を見せながら説明した。C社編集長の反応は,

「自分としては面白いと思うが,年間の出版物全体のバランスを見ながら企画会議で検討する

ことになるので,返事は6月になる」というものだった。この日はそのあとS社へ立ち寄り,

中くらいの仕事を1本もらう。行きの新幹線の中ではT社の1本5千円の仕事を何本かこなし,

つまりは旅費を自力でかせぎながら出張し,帰りは新幹線の中で酒を飲んで帰った。最近は

東京駅のホームでは乾きものしか売っていないので,八重洲の地下街のデパートで折り詰め

の惣菜を買って乗った。いろいろ入っていて美味しかったが,ローストビーフだけはまずかった。

 

その後あれこれ考えて,一番乗り気になってくれているE社がよかろう,ということに決まった。

E社なら,たぶん企画を通してくれるだろう。ただ,問題が1つあった。この本と同じジャンルの

本の執筆を別の出版社から頼まれていて,今年の末に出ることになっているのだ。

そっちの企画は去年から動いているが,原稿の執筆はまだ終わっていない。その本は

この業界では有名なYさんとの共著で,Yさんの名前に傷がつかないよう,出版社ともども

「お互い頑張りましょうね」と申し合わせている。実際,マグロの水揚げ以後はその原稿に

かかりきりになっているのだが,同じジャンルの2つの本が同時期に出るのはよろしくない。

内容的には全然カブってはいないが,道義的な問題を感じる。もともとマグロの企画は今年に

入ってから着手したもので,出版は早くても来年の春ごろと予想していた。これなら,Yさんとの

共著本が年末に出てから3〜4か月程度の時間差があるので問題ないだろう。ところが,

マグロの企画に乗り気のE社は,今年の夏にでもこの本を出したい,という意向らしい。

これには,ちょっと困った。なぜなら,このマグロは「天下を取る」予定なので,企画としては

先行していたYさんとの共著本の出版がその後に来るのはまずい・・・・・・・・・・と思ったが,

正直この頃には,「やっぱりこのマグロで天下を取るのはムリかも」という気分になっていた。

というのは,「オークションへの出版社の反応を見れば,このマグロのおよその価値はわかる」

と踏んでいたからだ。企画を持ち込んだ4社の対応をまとめると,次のようになる。

 

A社:2週間後に,「今回はパスさせてください」という趣旨の返事が来た。

C社:一応前向きに考えてくれたが,企画会議を通るかどうかは微妙な感じだった。

D社:音沙汰なし。

E社:一番乗り気になってくれているが,まだ決裁が降りたわけではない。

 

「まあ,こんなもんかな」という印象だ。本が出版できそうな情勢になりつつあるのは確かだが,

本当はもうちょっと「ぜひウチから」というオファーが来ることを望んでいた。逆に言うと,結局この

マグロの価値はその程度だったということだろう(しかし,企画を無視した出版社に対しては,

「今に見とれよ」という気分も残っている)。

 

そういうわけで,もう1つの出版社とYさんには申し訳ないが,マグロの方が先に市場に出るかも

しれない。E社の企画会議は5月なので,5月中旬ごろには結論が出るだろう。決裁が降りたら,

出版は早くて今年の8月ごろになるという。果たしてマグロは,思惑どおりに売れるだろうか・・・

 

 

「ベストセラーへの道」(第3回)に続く!

 

 

 ※ 第3回は,早ければ2008年秋ごろアップの予定です。

 

 

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