受動態を理解するには,001
で取り上げた情報構造の観点が非常に大切です。
それを意識していないと,次のような結果になります。
(問) [ ]内の語を並べ替えて英文を完成しなさい。
その男性は,あなたの郵便物をまだ配達していません。
Your mail [ by / delivered / not / been / the /
has ] man yet.
この問いは,2009年にある私大で出題されたものです。
出題者の想定した完成した文は,次のとおりです。
Your mail has not been delivered by
that man yet.
さて皆さん。この文は,上に示された日本文の正しい英訳と言えるでしょうか?
答えはノーです。
受動態の本質が理解できていれば,この英文が直感的に「変だな」と思えるはずです。
この記事全体を通じての「大人の英文法」というタイトルは,そういう英語感覚を身につける
ことを目標とするものです。
(言い換えれば,上の入試問題を作った大学教師は,受動態の本質を理解していません)
学校では,次のような「書き換え」を使って受動態を教えるのが普通です。
(a) Jack loves Bétty.
(ジャックはベティを愛している) 〈能動態〉
(b) Betty
is loved by Jáck.
(ベティはジャックに愛されている) 〈受動態〉
001で説明した情報構造の話を思い出してください。
(a)の新情報は文末の Betty
であり,これを強く読みます。この文は「ジャックが誰を愛して
いるかと言えば,それはベティだ」という意味を表します。
※ ただしここで,028
「無標」と「有標」 の話が関係してきます。
(a)は無標の強勢では Betty
が新情報ですが,有標の強勢では,つまり文頭の Jack
を
強く読めばそれが新情報となります。以下の説明は,無標の強勢を前提としていることを
頭に入れておいてください。
一方(b)の新情報も(一般的な解釈では)文末の Jack
であり,この文は「ベティが誰に愛されて
いるのかと言えば,それはジャックだ」という意味を表します(ここでも
Betty を強く読めばそれが
新情報になります)。
以上の説明からわかるとおり,(a)と(b)とでは「話し手が主に何を伝えたいか」が違っています。
これは,能動態と受動態の書き換えに常につきまとう問題です。
考えてみればそれは当然であって,伝えたい情報が違うからこそ形も違うのです。
(a)はジャックという男性について語る文であり,(b)はベティという女性について語る文です。
ノーマルな解釈では,能動態であれ受動態であれ,後ろにあるものが新情報です。
では,次の文を見てください。
(c) They built this church about 300
years ago. 〈能動態〉
(d) ○This
church was built about 300 years ago. 〈受動態〉
×This
church was built by them about 300 years ago.
(c)も(d)も「この教会は約300年前に建てられた」という意味です。
(c)のtheyは当時の人々を表す便宜的な主語であり,特定の「彼ら」ではありません。
(d)のように受動態を使った場合,by
them を入れると誤りになります。
これはなぜでしょうか。学校で使う文法参考書には「〈by+動作主〉が省略される場合」
として,「動作主が特定できない場合」などと書かれていますが,情報構造の観点から
理解する方が明確です。
一般に,人称代名詞(I,you,he,they,it
など)は旧情報を表します。
たとえば he(彼は)と言えば,話し手も聞き手も誰のことだかわかっています。
したがって,by them は(themの指すものが何であろうと)新情報ではありません。
では,(d)の文の新情報は何か?それは文末の about 300
years ago です((c)の新情報も
同様です)。一般に受動態を使った文では,〈by+動作主〉がない形の方が普通です。
(d)の新情報は about 300 years ago ですから,by them
は「伝える価値のない情報」だと
いうことになります。だから常に省略される(というよりも,最初から使われない)のです。
逆に言えば,by
の後ろに置かれた要素は常に新情報を表します。
このことをしっかりと覚えておいてください。
では,ここで問題です。
(1) This church was built by him.
(この教会は彼によって建てられた)
(2) This church was built by the
famous architect.
(この教会はその有名な建築家によって建てられた)
(3) This church was built by a
famous architect.
(この教会はある有名な建築家によって建てられた)
この3つの文の違いは下線部だけです。では,これらのうちで最も自然な文はどれでしょう?
答えは(3)です。(1)が不自然な理由を考えてみましょう。上で述べたとおり,
(A) 人称代名詞(him)は旧情報を表す。
(B) by
の後ろにあるものは新情報を表す。
したがって by him
だと,新情報を置くべきところに旧情報があるので,2つのルールの間で
矛盾が生じるわけです。同じことは(2)にも言えます。002
で説明したとおり,〈the+名詞〉は
旧情報を表すので,by
の後ろ(=新情報を置くべき位置)に入れると不自然です。
一方,〈a+名詞〉は新情報を表します。だから(3)では,by
の後ろに「あるべき新情報」が
置かれていることになり,自然に響くのです。
以上のことから,次のような「書き換え問題」はダメダメだということになります。
・ He bought a bicycle.
→ A bicycle was bought by him.
旧
新
新
旧?
(彼は自転車を買った)
(自転車が彼によって買われた)
左の文は自然ですが,受動態を使った右の文は不自然です。英語の情報構造の配列の
基本は「旧−新」ですが,右の文では A bicycle
が新情報,him が旧情報を表すので,
順序が正反対になっているからです。つまりこの内容は能動態で表すのが自然であり,
受動態を使うと不自然になるということです。
このように,能動態を使った文を,〈受動態+by+動作主〉の形で言い換えようとすると,
両方が自然な文になるケースはなかなかありません。
・ A taxi hit the boy.
→ The boy was hit by a car.
新
旧
旧
新
(あるタクシーがその男の子をはねた)
(その男の子はタクシーにはねられた)
この例では,右の受動態は自然ですが,左の能動態が(無標の強勢では)新情報−
旧情報の並びなので不自然です。
※ Jack loves Betty. → Betty is loved by Jack.
においては,左の文の新情報が
Jackである(Jackを強く読む=有標の強勢)場合に限り,どちらも自然な文です。
さらに,次の2つの文を比べてみましょう。
(a) English is spoken all over the
world.
新
(英語は世界中で話されている)
この文は自然です。新情報は下線部であり,「英語が話されている場所がどこかと
言えば,それは世界中だ」という意味を伝えようとしています。
(b) English is spoken in Australia.
(英語はオーストラリアで話されている)
???
さて,この文の新情報は何でしょうか?
Australia
が新情報だと解釈すると,事実に反することになります。
その場合,(a)にならって考えると「英語が話されている場所がどこかと言えば,
それはオーストラリアだ」という解釈になりますが,これは事実ではありませんね。
英語を話す地域はオーストラリア以外にもたくさんあるからです。
したがって,(b)の文が意味をなすとするなら,この文の新情報は文頭の
English であり,
これを強く読む(有標の強勢)ことになります。正しい訳文はこうです。
(b) Énglish is spoken in
Australia.
新
(オーストラリアでは英語が話されている)
(b)の文を見たとき,このように解釈できてはじめて「受動態の情報構造が理解できている」
と言えます。中学・高校・大学の英語教師のどれだけが,この点を意識できているでしょうか。
さらに言えば,上の(b)のように English
に強勢を置けばこの文は意味をなしますが,実際に
これが使われるかと言えば話は別です。英語では,新情報を冒頭に置く形は好まれません。
上の文は What language is spoken in Australia?(オーストラリアでは何語が話されていますか)
という質問への答えとして使われることはあるでしょうが,「オーストラリアでは英語が話されて
います」という内容を表す自然な文は,たとえば次のようなものです。
・In Australia, people speak
Énglish. / Australians speak Énglish.
これらの文は新情報の English
が文末に置かれているので,より自然に響きます。
※下線部は「主題を提示する」働きをしており,それが示された時点で旧情報になります。
左の文の場合,場所を表す副詞句(in Australia)の無標の位置は文末ですが,これを
(有標の位置である)文頭に置いて話題を提示する働きをさせることを,文法用語では
「話題化(Topicalization)」と言います(詳細は後述)。
もう1つ例を挙げます。英文法の参考書で時々つぎのような例文を見かけます。
○(c)
Cheese is made from milk. (チーズはミルクから作られる)
×(d) Milk is
made into cheese. (ミルクはチーズに加工される)
(c)には何の問題もありません。しかし(d)は意味的に不自然です。
ミルクが常にチーズに加工されるとは限らないからです。次のように言えば自然になります。
○(d') Milk can
be made into cheese. (ミルクはチーズに加工できる)
では,最初に示した例に戻りましょう。
その男性は,あなたの郵便物をまだ配達していません。
○ That
man has not delivered your mail yet.
× Your
mail has not been delivered by that man yet.
一見すると上の文(能動態)のO(your mail)を主語にして言い換えると下の文ができる
ように思えますが,下の文はダメな英語です。次の例の方がわかりやすいでしょう。
(a) Ken didn't break the window.
(ケンは窓ガラスを割らなかった)
(b) The window wasn't broken by Ken.
(窓ガラスはケンによって割られたのではない[他の誰かが割ったのだ])
(a)と(b)とでは表す事実が違うことに注意してください。(a)では,窓ガラスは割れていません。
しかし(b)では窓ガラスは割れており,「犯人はケンではない」という意味を表しています。
(b)はなぜそういう意味になるのか。これには not
の働きも関係していますが,
「by
の後ろの語句は新情報であり,強く読む」という受動態のルールがあるからです。
(b)では Ken
が強く読まれることによって,それが否定の焦点(後で説明します)となります。
だから「ケンではなくて他の誰かだ」という意味が生じるのです。
したがって上の×の文は,yet
がなければ「あなたの郵便は(既に配達されているのだが)
その男性によって配達されたのではない(別の誰かが配達したのだ)」という意味になります。
しかし yet を置くと,not 〜 yet
が「まだ〜ない」という意味になってしまうために,「既に
配達された」という解釈と矛盾します。だからこの文は英語として意味をなしません。
結局「その男性はあなたの郵便物をまだ配達していません」という日本語の意味は,能動態
を使って表すべきであり,受動態を使う必然性がないということです。
このように「何のために受動態を使うのか」という点を,情報構造の観点から理解していないと,
この例のようなトンチンカンな英文を無自覚に量産することになりかねません。
「大人の英文法」のトップへ